【プロ野球】阪神1位・立石正広が語るポジション争い 「できれば内野中心で...でも、外野用のグラブも注文しました」 (3ページ目)
── それまでは「負けたくない」という闘争心は、あまりなかった?
「たぶん、なかったですね。やっぱり、野球を始めてからだと思います。ピッチャーをやってストライクが入らなくて、点を入れられて悔しいとか、ホームランを打ってうれしいとか。そういうものが芽生えてきたのだと思います」
── 今は相当な負けず嫌いですよね?
「負けず嫌いすぎて、負けそうな勝負になると、そもそもその勝負に立ちたくなくなるくらい、負けるのが嫌です(笑)」
── わかるような、わからないような独特の言い回しです(笑)。ところで、「どんくさい」と言われた走り方ですが、今は50メートルを6秒07(光電管で計測)するほどの俊足になっています。走り方も研究したのですか?
「研究しました。まだまだ発展途上ですけど」
── まだ速くなる余地があると。
「目標は50メートル走5秒台です。体重を増やしながら、5秒台に到達したいですね」
── 体重100キロを超えても快足のメジャーリーガーもいますからね。
「100メートル走のスプリンターには、筋肉があっても9秒台の選手もいますから」
── これからプロ野球選手になると、いろんな人がよかれと思って、いろんなアドバイスをしてくると思います。これまで以上に情報の取捨選択が重要になってくると思いますが、立石選手はどう考えていますか?
「試さないとわからない部分はあるので、まず試してみたいと考えています。ただ、そこで自分の本質が崩れてしまうと、おかしくなってしまうので。試す前に自分の課題や現状を理解しておけば、大崩れはしないと思っています」
── つねに自分自身の現在地を知る必要がある。
「自己分析ですね。それができれば、どんな環境でもうまくなれると考えています」
立石正広(たていし・まさひろ)/2003年11月1日生まれ。山口県出身。高川学園3年時に夏の甲子園に出場し、初戦の小松大谷戦で本塁打を放つなどチームの勝利に貢献。創価大では4度のベストナインを獲得。3年時から大学日本代表で中軸を任せられ、国際大会でも活躍した。2025年11月に開催されたドラフトで3球団競合の末、阪神が交渉権を獲得し入団。背番号は「9」に決まった
著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。
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