【プロ野球】高橋慶彦さんが明かす古葉監督の指導! 将棋・藤井聡太さんとの共通点とは? (2ページ目)
【当時のカープは「昭和のなかでも本当の昭和」】
上重 慶彦さん、高校の時はピッチャーですよね。で、カープに入る時は?
高橋 野手。ピッチャーの道を断って。だから、盗塁もしたことがなかった。ただね、(チームの最初の)印象としては、みんな、おっさんやったね、当時。マジで。
上重 確かに当時の写真を見ると、ザ・昭和っていう感じの。
高橋 昭和のなかでも、本当の昭和(笑)。近鉄、カープ、阪急、ここは似ている感じがするんだよな。
上重 言わんとしてることは分かります。
高橋 今の野球選手って、すごいスマート。でも、俺たちの時は、おっさんっていう感じだったね。
上重 (当時の)ユニフォーム、ゴムパンツですか?
高橋 ベルトレス(ベルトのないユニフォーム)。
上重 止めているのはヒモですか?
髙橋 そう、だから太った人はめくれるやん。水谷(実雄)さんとか(笑)。俺なんかは痩せてたからベルトじゃなくてもよかったけど。
上重 入団当時、カープのレベルはどのように感じましたか。やれるな、と思いましたか? それとも、とんでもないところに来たなと感じましたか?
高橋 とんでもない。自主トレの時は、みんな適当にやっているのよ。広島県営球場で。自主トレといっても、今と違って、合同自主トレ。そこではみんな、だらだらやってるんだけど、キャンプに行った瞬間、みんなの動きが変わるわけよ。あ、俺、1年でクビになるなと思ったね。
上重 それぐらいレベルが違うなと。
高橋 全然違う。なんでこんなに球が曲がるんやと思ったもん。それから内野フライが高いやん。高さが全く違うんやから。そんな世界やったね。
上重 1年でクビになるんじゃないかと。
高橋 思った。ただその時、古葉(竹識)さんが守備走塁コーチで、「慶彦、足だけでも飯が食えるんだぞ」と言ってくれたんよ。(入団後)すぐに。それで、ちょっと方向性ついたかな、と。
上重 自分の持ち味、特長を生かそうと。では、スイッチ(ヒッターになったきっかけ)は?
高橋 古葉さん。(自分が)19(歳)の時に。
上重 それはやっぱり、足を生かすためにですか?
高橋 古葉さんがあとで教えてくれたんだけど、(巨人の)柴田勲さんを見て、スイッチヒッターはいいなと思ったらしい。それだけよ(笑)。
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