ダイエー初優勝の直前、城島健司は仏のように笑う王貞治を見て涙が溢れた 「ギリギリになってしまったけど間に合ったんだ」
福岡ソフトバンクホークスCBO 城島健司インタビュー(中編)
前編:世界の王貞治と20歳の城島健司が築いたホークス黄金時代の礎>>
1999年、ダイエーホークスは悲願の初優勝を果たした。その舞台裏には、5年目を迎えていた王貞治監督と正捕手・城島健司の強い覚悟があった。当時のチームの空気、福岡の街の高揚、そして胴上げの瞬間にあふれ出た涙──。指導者・王貞治から受け取った数々の金言とともに、あの優勝が自らの野球人生をどう変えたのか。城島氏が振り返る。
1999年、ダイエー初優勝の瞬間、ペドラザ(右)と抱き合う城島健司氏 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【入団5年目に念願の初優勝】
── 1999年、ついにダイエーホークスが初優勝を果たします。王監督と城島さんの5年目のシーズンでした。
城島 僕のなかでは「時間がない」という思いで臨んだシーズンでした。王監督は契約最終年でしたから。
── このシーズンは開幕から快調に走り、例年と比べてチームの雰囲気も違ったのでは?
城島 いやぁ、どうですかね。メンバーのほとんどは優勝経験がなかったので、西武の黄金期を知っている秋山(幸二)さんと工藤(公康)さんが引っ張ってくれるところを、僕らはこれで合ってますか?」みたいな感じで後ろをついていくだけでした。何かフワフワしていたと思います。
── 西武とデッドヒートを繰り広げながらも、8月末についにマジック点灯。優勝に少しずつ前進していった時期の思い出などは?
城島 細かいことはあまり覚えていませんが、福岡の街が何か変というか、感じたことのない雰囲気になっていました。僕らがそうだったように、福岡のホークスファンの人たちも優勝と言われてもピンとこない感じだったのでしょうね。
── 福岡を本拠地にしていた球団としても、西鉄ライオンズ以来36年ぶりの優勝でしたからね。
城島 最初の頃は「本当に優勝するの?」みたいな感じだったのが、シーズンが進むにつれて福岡の街全体がフワフワしだして。地元メディアのみなさんもどんどん煽ってくるし(笑)。でも、応援する気持ちで取材してくれているのは伝わっていました。僕らも「なんだ、この雰囲気は?」となっていましたけど、ホークスが大阪から福岡に移転して11年目で、やっと福岡の街、福岡のファンの皆さんに認めてもらえたんだというのを肌で感じていました。
1 / 3
著者プロフィール
田尻耕太郎 (たじり・こうたろう)
1978年生まれ、熊本市出身。 法政大学で「スポーツ法政新聞」に所属。 卒業後に『月刊ホークス』の編集記者となり、2004年8月に独立。 九州・福岡を拠点に、ホークスを中心に取材活動を続け、雑誌媒体などに執筆している。

