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中村武志が振り返る闘将・星野仙一との壮絶日々 世紀の大乱闘事件の夜、部屋に呼ばれ「おまえ、野球を辞めろ!」

  • 水道博●文 text by Suido Hiroshi

中村武志インタビュー(前編)

 厳しくも温かい指導で知られた星野仙一監督。彼のもとで鍛えられた元中日捕手の中村武志氏が、壮絶な指導の日々、忘れられないエピソード、そして恩師への尽きぬ思いを語る。時に厳しく、時にユーモアを交えながらも、深い愛情で選手を育てた星野監督。その指導の軌跡と、今だからこそ語れる思いとは──。

星野仙一監督(写真左)のアドバイくを聞く中村武志氏 photo by Kyodo News星野仙一監督(写真左)のアドバイくを聞く中村武志氏 photo by Kyodo Newsこの記事に関連する写真を見る

【星野監督からの厳しい指導】

── 星野監督が就任した1987年、プロ3年目で一軍に昇格した中村さんを厳しく指導されたと。コーチが「監督、これ以上やったら死んでしまいます」と、止めに入ったというのは本当ですか?

中村 死ぬまでではないですが......(笑)。少し大げさですけど、指導されなかったのはたまにくらいで、かなりされましたね。当時は野球がうまくなかったですし、怒られて当たり前なんですけど、まだまだ体育会系の時代で、口が出るか、手が出るかという感じでした(苦笑)。

── その指導から身を守るため、ダグアウトの中でマスクをかぶっていたとか?

中村 星野監督に呼ばれて、少しでも早く行かなければいけないと思い、マスクを取らないでそのまま向かっただけです。星野監督は「殴られるからな。考えたな」と冗談っぽく話したのを、横にいた新聞記者に面白おかしく記事にされたのです。

── 指導され続けて、本塁からバックスクリーンまで行ってしまったこともあったとか?

中村 あれは球場ではなく屋内練習場で、端から端まで移動しましたね。50メートルほどで、あの時は口ではなく、手と足でした(苦笑)。

── 星野監督は何に関して怒るのですか?

中村 その時は、打撃練習で集中して打っていなかったからです。星野監督が怒るのは、当たり前のこと、できることを怠った時です。全力疾走しないとか、カバーに入らないとか。リードにしても、「なぜその球を投げさせたのか」という根拠がなく、工夫しないで同じようなミスで打たれた時は怒られましたね。

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