小笠原道大が明かす巨人でプレーすることの重圧 「チームが負けると、得点機に凡退した写真が新聞の一面で使われる」 (2ページ目)

  • 水道博●文 text by Suido Hiroshi

── 通算1736試合での2000安打は、川上哲治さん、長嶋茂雄さん、張本勲さんに次ぐ史上4番目の早さでの達成でした。

小笠原 記録達成に向けて、練習のときから私の一挙手一投足に合わせて、メディアが移動します。初めて告白しますが、正直、それが大変でしたね。もちろん意識しますし、「早くこの空気を振り払いたい」「早く達成してラクになりたい」と思っていました。だから、少々強引に打ちにいって、余計にヒットが出なかったり......。今となってはいい思い出です。

【現役時代で一番の思い出は?】

── 通算2000本安打をすでに達成したのに、中日に移籍したということは、やり残したことがあったということですか?

小笠原 巨人の7年間のうち、最後の2年はあまり試合に出ていませんでした。いろいろな引き際があるとは思うのですが、当時40歳。「このまま終われない。もうひと花咲かせたい」という思いはありました。チャンスをくれたのが中日でした。

── その思いは成就されたわけですね。

小笠原 中日では谷繁(元信)プレーイングマネージャーが、いい場面に代打で使ってくれました。「代打、小笠原」のコールがされたときのスタンドの盛り上がりには鳥肌が立ちました。42歳になって、さすがに体にもガタがきて......中日での2年間はいい時間でした。

── 19年間の現役生活で通算1992試合に出場して、2120安打、打率.310、378本塁打、1169打点、63盗塁というすばらしい成績を残されました。

小笠原 自身の現役生活に、100%満足という選手はいないんじゃないですかね。暗中模索のプロ1年目のことを思えばよくやったと思いますが、誰しも絶対に悔いはあるはずです。ひとりのバットマンとしては、通算成績の何かの部門で、ひとつも"てっぺん"を獲っていません。安堵した時点で、その先の景色は見えませんから。

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