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プロからも誘いがあった中尾孝義は、なぜ未知の社会人チーム・プリンスホテルへの入団を決めたのか (4ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Sankei Visual

 中尾自身、あとで知ったのだが、OB会長は西武グループの創業者=堤康次郎と親しい間柄だった。なおかつ、幅は札幌プリンスホテルの開業時に中心となって動き、北海道の地縁でOB会長と懇意にしていた。すなわちプリンスホテルは会社を挙げて人脈を生かし、のちに監督になる石山建一がつくったリストに基づいて、大学球界の選手のスカウティングに関わっていたのだ。

 それにしても、その時点でプリンスホテル野球部はまだ何も形を成していない。プロも意識し始めた中尾が、なぜ、未知の社会人チームからの誘いにすぐ乗り気になったのか。

「同じ学年のいいヤツらが集まって、一緒に野球をやるというのがすごく魅力的だったんです。幅さんがその場で、法政の居郷(肇)だとか、慶應の堀場だとか、有名な選手の名前をどんどん挙げていかれたし、専修大の仲間も入っていました。それに、1期生になれるのもいいなと思った。だから、ほかのチームだったら入ってないです。たぶん、プロに行っていたと思います」

後編につづく

著者プロフィール

  • 高橋安幸

    高橋安幸 (たかはし・やすゆき)

    1965年、新潟県生まれ。 ベースボールライター。 日本大学芸術学部卒業。 出版社勤務を経てフリーランスとなり、雑誌「野球小僧」(現「野球太郎」)の創刊に参加。 主に昭和から平成にかけてのプロ野球をテーマとして精力的に取材・執筆する。 著書に『増補改訂版 伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)、『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』(集英社文庫)など

銀ラメ燕尾服にハイレグ姿など、球場を盛り上げたプリンスホテル大応援団

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