なぜ楽天・内星龍は山本由伸の「完コピ」投球フォームになったのか 契機は「野球ってしんどいなぁ...」の絶望感だった (4ページ目)

  • 田口元義●文 text by Taguchi Genki
  • photo by Sankei Visual

 内にとって足りないものがあるとすれば経験であり、そこから裏づけられる自信だった。それを得るきっかけとなる試合を、内ははっきりと覚えている。3月19日、バンテリンドームでの中日とのオープン戦だ。

 3−2とリードしていた5回一死一、二塁のピンチで2番手としてマウンドに上がった内は、二死後、一、三塁となった場面で、ビシエドを150キロの内角ストレートたった1球でサードゴロに打ちとったのである。

「『あっ!』って思いました。『この感じ、野球に入っていけてるな』って。ビシエドさんを打ちとった時に、今までは自分と戦っていたというか『しっかり相手と対戦できてるな』って思えたんですよね。あそこから、自信を持って投げられるようになりました」

 一軍での1試合が内の経験値を豊かにする。

 プロ初登板、初勝利。パフォーマンスが良好だった試合後に届く、山本からの「ナイスピー!」という短いメッセージも、内にとっては自信へのささやかな養分となった。

 そういえば、山本もプロでのキャリアは中継ぎからのスタートだった。

 高卒2年目の18年に32ホールドを挙げブレイクすると、翌年から先発に転向し21年、22年にピッチャーの最高栄誉である沢村賞に輝くなど日本を代表する右腕となった。

 気が早いと知りながらもそんなことを告げると、内の頬が少し緩んだ。

「野球人生を見据えれば最終的にやりたいのは先発です。だけど、今はめちゃくちゃ中継ぎに魅力を感じていて......。緊張感のある場面で投げさせてもらえているんで、今は任されたところで結果を出したいですね。『中継ぎがダメだから先発に』っていうのは嫌です」

 力強い言葉が、今を捉える。

「山本由伸の完コピ」と呼ばれようと、内は地に足をつけて自分の形を磨き、実績をつくる。

プロフィール

  • 田口元義

    田口元義 (たぐち・げんき)

    1977年、福島県出身。元高校球児(3年間補欠)。雑誌編集者を経て、2003年からフリーライターとして活動する。雑誌やウェブサイトを中心に寄稿。著書に「負けてみろ。 聖光学院と斎藤智也の高校野球」(秀和システム刊)がある。

4 / 4

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る