中日・江藤慎一は水原茂監督に土下座も許されず。仲裁に向かった張本勲には「お前、入るな」 (6ページ目)

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko
  • photo by 産経新聞社

 省三もまた慶応のOBであり、このときの空気の悪さを語っている。

「代打の切り札の葛城さんや徳武さんたちが、ベンチ裏で必死に素振りして出番に備えている。僕はまだ若手ですから、そのスペースに行けないので、ベンチにいると水原さんは、僕を代打に指名するんですね。そりゃあ、先輩たちは怒りますね。実績のある人が一生懸命に振っているのに、座っていただけの監督の大学の後輩の若造が先に出て行く。水原さんはあとから、『試合を見ていないやつを使えるか』と言うんですが、それならそう伝えてくれる人がいればよかったのに、コミュニケーションが取れていなくて、最悪の雰囲気でした」

 起用される弟とは対照的に、スタメンから外されるというかたちで兄の慎一は干された。自宅から、球場に向かうクルマのなかのふたりは終始無言であった。やがて慎一は代打でさえ、起用されなくなった。9月28日の阪神とのダブルヘッダーでは、定位置のレフトを守ったのは、新人の菱川章であった。

 1試合目はルーキー星野仙一が村山実と投げ合い1対5で完投勝利を飾った。高木守道はこの試合で通算1000本安打を記録している。2試合目は、延長12回までもつれ、その間、いく度か中日はチャンスを迎えるが、都度、代打として告げられるなかに打撃10傑で6位に位置する江藤兄の名前はなかった。

 徳武、伊藤、新宅洋志、江藤弟らが先にバッターボックスに入り、最後、フォックスというテストで入団した貧打の外国人選手に代わってピンチヒッターに呼ばれたのが、この年の通算成績が7打数1安打の高木時夫だった。高木は凡打に倒れ、試合も2度同点に追いつきながら、最後は藤田平に3ランを打たれて敗戦となった。2年連続首位打者の江藤のプライドはずたずたに引き裂かれた。

 翌日の中日新聞は、江藤はアキレス腱悪化と寝違えでバットが振れなかったと伝えているが、水原は江藤がいなくても勝てるということをチームに知らしめたかったと側近に漏らしている。

 水原と江藤の対立はすでに球界でも多くの関係者が知るところとなった。東映時代に水原の気性を知る張本勲は、江藤に「早く謝れ、謝るんだ」と謝罪を勧めていた。それでも江藤は、水原に頭を下げようとはしなかった。反抗も元々が「勝ちたい」という思いからの言動である。不動の四番である自身が外されては、チームの勝利はますます遠のくという自負もあった。批判の声を上げ続けた。

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