斎藤佑樹「ハンカチ王子と呼ばれるのは好きではなかった。野球の実力じゃないところにフォーカスされた」

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Sankei Visual

 最後は福井商を突き放して、7−1で勝ってベスト8。センバツでも準々決勝まで勝ち上がりましたから、これで春夏連続のベスト8です。でも、僕らは横浜を倒した大阪桐蔭に勝ったんだから、絶対に決勝までは行かなきゃ、というイメージで戦っていました。

 福井商との試合では船橋がいいところで打ちましたが、あの夏は毎試合、誰かひとり、キーマンが出てきてヒーローになる感じでした。

 僕のなかではあの夏は船橋と川西(啓介)がヒーローだった印象です。途中、神田(雄二)が代打できっかけをつくったり1年の佐々木(孝樹)が活躍したり、後藤や小柳(竜巳)がいいところで打ったり、檜垣(皓次朗)がいいタイミングでいい仕事をしてくれたり......みんな、自分のことで必死になりながら、それぞれがいろんなものを背負って試合に臨んでいたような気がします。だから日替わりでヒーローが生まれたのかもしれませんね。

苦戦の末にベスト4進出

 僕は大阪桐蔭(133球)、福井商(136球)と完投して、一日あいての準々決勝で日大山形との試合に先発しました。準々決勝から決勝までは3連投になることがわかっていましたが、それでも僕はあの日大山形との試合、目いっぱい投げてしまったんです。

 にもかかわらず、感覚はよくなかった。逆に目いっぱいいったからなのか、あるいは疲れがあったからなのか、そこはよくわからないんですけど、とにかくあの夏、日大山形との試合がもっともよくない感覚でした。

 先制して、6回に逆転されて、1−2のまま終盤へ......山形県代表は夏、初めてのベスト8だと聞いていましたが、あの時の日大山形はすごくいいチームでしたね。

 まず、ピッチャーがすごくよかったんです。先発はエース(阿部拓也/のちに国士舘大)ではなく、背番号6でショートの青木(優/のちに東北福祉大)くんでした。スライダーがそれこそ、その前年の秋に対戦した明治神宮大会の時の田中将大くんみたいな感じで、いいところからキュッと曲がってくる、すごくキレのいいスライダーでした。

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