2022.06.18

斎藤佑樹は「自分にもこういう感情があったのか」と驚くほどの執念で甲子園出場を決めた

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Sankei Visual

連載「斎藤佑樹、野球の旅〜ハンカチ王子の告白」第9回

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 2005年10月29日、神宮第二球場。早実はセンバツをかけた秋季東京大会の準決勝で日大三と対戦した。斎藤佑樹は夏にホームランを打たれた田中洋介を4打数ノーヒットに抑えるなど、2−0で日大三を完封。早実が東京大会の決勝に進出する。

気迫の投球で東海大菅生を下し、東京都大会を制した早稲田実業の斎藤佑樹気迫の投球で東海大菅生を下し、東京都大会を制した早稲田実業の斎藤佑樹 この記事に関連する写真を見る

宿敵・日大三に完封勝利

 夏のコールド負けから3カ月が経っていました。秋の東京大会、ブロック予選を勝ち抜いた僕たちは世田谷学園、國學院久我山、堀越を下して準決勝に進みます。そこでふたたび三高(日大三)と対戦しました。

 秋季大会に入るまでは、2、3段階のレベルアップが必要だと思って、いろんな準備をしてきましたが、大会に入ってからは「今、自分が持っているものでどうにかしよう」と考えるようになりました。夏、三高に負けた時には全部の球を力いっぱい振りきられている感じがしたので、とにかく1、2の3でフルスイングさせないよう、インコースへ投げきる練習をしてきました。三高のバッターを抑えるためには、フルスイングさせないこと。そのためにはアウトコースを遠く見せなくちゃなりません。そうすればフルスイングされることはない。だからインコースを攻めようと思ったんです。

 あの日は立ち上がりからいいボールがいっていました。キャッチャーの白川(英聖)がインコースとアウトコースをうまく散らすリードをしてくれていましたし、変化球もよかった。2回に3者連続で三振を取って、その後もいいリズムで投げることができました。7回にワンアウト3塁とされた時、そこで牽制球を投げてランナーを刺したんです。

 あのプレーは大きかったですね。あの3塁牽制は、夏の大会が終わってから僕らで考えて開発したプレーでした。3塁にランナーがいるとき、サードの小柳(竜巳)がベースにつかない。で、僕とのアイコンタクトで『次に牽制行くぞ』と伝えておいて、僕が足を上げてバッターへ投げる......と思いきや、すかさず小柳が3塁に入って、僕がピュッと3塁へ投げます。そこで小柳がバシッとランナーにタッチ、アウト! 練習どおりのこの牽制はあの秋、何度もうまくいきました。