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五十嵐亮太がヤクルトの若手たちに贈る言葉。
プロの世界で生き抜く術

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya

 10月25日、神宮球場。ヤクルト・五十嵐亮太の引退あいさつの後半は、チームの仲間たちを思いやった、じつに心のこもった言葉だった。

「今、ヤクルトスワローズは苦しい戦いが続いています。しかし、どんな時でも下を向かずに戦ってきた選手、そして僕たちを信じ続けてくれた高津(臣吾)監督、コーチの姿を僕は知っています。いま一度、チーム、そしてファンのみなさんがともに戦い、乗り越えていけると信じています」

 リリーフとして日米通算906試合に登板した五十嵐の言葉には、23年間のプロ野球人生を誠実に生きてきたからこその重みがあった。

引退登板の前日は、チーム全員が五十嵐の引退記念Tシャツを着 て練習した。(写真:球団からの提供)引退登板の前日は、チーム全員が五十嵐の引退記念Tシャツを着 て練習した。(写真:球団からの提供) 10月15日の引退会見で、五十嵐は決断した理由についてこう話した。

「自分の可能性を信じ続けていろいろとやってきましたが、なかなか継続して結果を残すことができませんでした。本当にギリギリまで自分の可能性を信じて、抑えるためだったらどんな方法でもと、サイドスローで投げてみたりもしました。本当に悪あがきですよね。それくらい、もうやることはないんじゃないかというところまでやって、それで結果が出なかったのでやめる時なんじゃないかと」

 引退会見でも、自身のキャリアを振り返りながら、話はチームメイト、とくに若手たちへのメッセージになっているように感じられた。

「野球をやっていると、本当に苦しいことのほうが多いのではないかという気がするんですけど、それをどう乗り越えてきたかを考えた時に......これは石川(雅規)とも話したのですが、やめることは簡単で、続けていくことが大事なんじゃないかと。負けそうな時、いろいろと先が見えなくなる時でも『野球がうまくなりたい』という気持ちを持ち続けることが大事だと。

 若い子たちには迷いがあります。僕も迷いながらやってきました。乗り越えるつらさというのはあるのですが、それを乗り越えた時に喜びが感じられるし、野球人としても、人間としても大きくなれるんじゃないかと。僕は先輩方からそれを教わりました」

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