2020.11.08

わざと振り遅れてホームラン。
「プロ最年少の四番打者」が考えた極意

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

「令和に語る、昭和プロ野球の仕事人」 第13回 土井正博・前編 (第1回から読む>>)

 今季のプロ野球は、パ・リーグでは浅村栄斗(楽天)と中田翔(日本ハム)、セ・リーグでは岡本和真(巨人)と大山悠輔(阪神)、いずれも日本人の右打者がホームラン王争いにからんでいる。奇しくも今から13年前、当時としては久しぶりに日本人の右打者が両リーグでホームランを量産したシーズンがあり、それをきっかけにひとつのインタビューが行なわれていた。

 個性豊かな「昭和プロ野球人」の過去の貴重なインタビュー素材を発掘し、その真髄に迫るシリーズの13人目は、NPB歴代12位の465本塁打を放った土井正博さん。18歳にしてプロ野球の4番に座った"伝説"の持ち主は、どのようにしてその打撃術を磨き上げていったのか。

ヘッドを投手方向に向けた土井正博の豪快な打撃フォーム(写真=共同通信)
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 土井正博さんに会いに行ったのは2007年10月。その年のシーズン終盤、パ・リーグでは楽天の山崎武司が本塁打王を確定的にしていて、セ・リーグでは横浜(現・DeNA)の村田修一が同タイトルに近づいていた。

 両リーグで右打ちの日本人選手がキングとなれば、1995年の小久保裕紀(ダイエー)、江藤智(広島)以来。それ以前にさかのぼると、75年の田淵幸一(阪神)、土井正博(太平洋)──。そこでまず、土井さんの名前が浮上してきた。

 歴代の本塁打王を振り返ると、2リーグ制が発足した50年から60年まで、51年の大下弘(東急)以外はすべて右打者だった。さらに、パでは右の野村克也(南海)が61年から8年連続なのだが、セでは61年に右の長嶋茂雄(巨人)が獲った後、左の王貞治(巨人)が13年連続で受賞という時代が続く。よって60年代以降、"右の和製大砲"による同時受賞は滅多にない。

 80年代半ばからは、外国人選手が席捲。そういうなかで山崎、村田が獲るとしたら、"右の和製大砲"復活の予兆といえるのかもしれない、と僕は大げさに妄想していた。この妄想がその後にふくらむ。

 10月3日の高校生ドラフト。大阪桐蔭高の中田翔が阪神、オリックス、日本ハムから1巡目指名を受けた。高校通算87本塁打を記録した[怪物]中田は"右の和製大砲"になりうる逸材。イメージが重なる清原和博の後継者としてオリックスへ、などと期待していたら、交渉権を獲得したのは日本ハムだった。