2020.09.18

田澤純一が語るいきなりメジャーの12年間
「自信があったわけではなかった」

  • 白鳥純一●取材・文 text by Shiratori Junichi

◆「サッカー界の田澤」に見る、田澤ルール撤廃の必然性

田澤純一が語ったMLB時代と今後 前編

「チームに貢献し、日本の皆さんに応援してもらえるようにしたい」。

 7月12日、ルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズが、元メジャーリーガーの田澤純一の入団を発表。田澤はその翌日に「あの日」以来12年ぶりという日本での記者会見に臨んだ。

7月に埼玉武蔵ヒートベアーズに入団した田澤 photo by Shiratori Junichi 初めてプロ野球を意識したのは、新日本ENEOSで3年目のシーズンを迎えた、21歳の時だったという。

「この頃、具体的にプロ野球へと進む話になりました。でも、この年の交流試合でプロ選手と対戦させてもらった時に、『自分は、このままだとプロに行っても通用しないな』と思ったんです。社会人野球を経由した選手は、プロでは『即戦力』として見られますが、この時はその期待に応えられる自信がなかったんですよね」

 ドラフトの指名が解禁(高校卒業から3年目)される2007年、上位での指名が有力視されるなか、田澤はチームへの残留を決めた。

「大久保秀昭監督(元近鉄)に、『プロ選手として必要なことを教えてほしい』と伝え、チームに残してもらいました。お世話になったチームを優勝させたいという思いもありましたし、リリーフしか経験がなかった僕がプロ選手として活躍していくためには、先発もできないといけない。多くのことを勉強させてもらった1年間でしたね。今でもチームに残ってよかったと思っています」

 2007年の秋頃から先発にも挑戦した田澤は、翌2008年の都市対抗野球で4勝を挙げてチームの優勝に貢献。大会MVPにあたる「橋戸賞」も獲得した。

「ドラフト有力候補」として日に日に注目度が高まる田澤だったが、NPB12球団宛に指名の見送りを求める文書を送付した。そしてドラフトを1カ月後 に控えた 2008 年9月、記者会見を行ない、メジャーリーグ挑戦を表明した。