「いいコーチほど選手の記憶に残らない」と、あの名コーチは言った... (3ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

 とすると、現在の吉井が選手たちをサポートしているなか、その場で出てくる言葉は何なのか。言い換えれば、吉井が選手に対して「向かっていけ」だけで終わっているはずがない。

 ここで想起されるのが、吉井がとくに大事にする振り返りという作業だ。選手が試合での投球を振り返り、疑問、問題が出たときにコーチは答えを言わず、ヒントを与える程度にして、選手自身で解決する力を身につけてもらう。理想は「選手から話が始まり、選手同士だけで話が進んでいくこと」で、そこにコーチはいない。

 権藤と吉井の関係性は、その理想の状態に近かったのではないか。実は吉井が気づかないうちに権藤が巧みにサポートし、技術を向上させていた。が、吉井自身は「自分で成長できた」と思っている。ゆえに言葉としては「向かっていけ」しか覚えていない。「名コーチ」とは、選手の記憶に残りづらいコーチなのか。

「それはそうだと思いますよ。大学院のとき、コーチングの授業の中に<いいコーチに育てられた選手はいいコーチになる>というような回があったんですけども、僕はそうじゃないと思ったんですよ。やっぱり、選手は自分のことしか考えてなくて、いいコーチングされたことなんか覚えてないし、いいコーチはそれを気づかせちゃダメだ、というふうに思ってたので......。だから、その授業ではすごい議論になって面白かったんですけども」

 今はロッテ投手陣に専心の吉井だが、現役時代は自分のことしか考えていなかった。権藤に限らず、ほかの指導者からも、そうとは気づかずに成長させられていた可能性はあるだろうか。

「あるかもしれないです。でも、本当のところはわからないです。自分で気づいてやっているように感じているけれども、実は気づかされていることがあると思うので。僕はまさにそこがポイントだと思うんですよ。『自分でやったんだ』っていう感じ、難しい言葉で自己効力感っていうんですかね。『自分はできるぞ』というような、そんな感じを選手が持てれば、モチベーションが上がったり、自信がついたりしていくので。自分でできた、自分でやった、という感覚に持っていくのが、コーチのいちばんの役目だと思っています」

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