2019.03.08

「いいコーチほど選手の記憶に残らない」
と、あの名コーチは言った…

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

【連載】チームを変えるコーチの言葉~吉井理人(5)

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 ロッテ投手コーチの吉井理人は、現役時代、今はなき近鉄で野球人生をスタートさせた。1983年、和歌山・箕島高のエースとして夏の甲子園で活躍した後、同年のドラフト2位で入団。プロ2年目には一軍初登板を果たし、4年目に初勝利を挙げるのだが、当時、若かりし頃、「コーチは選手のためになっていない。プレーの邪魔になっている」と感じていた。吉井がその時の思いを語る。

現役時代に影響を受けた指導者として、権藤博氏と野村克也氏の名前を挙げた吉井コーチ「僕は今でこそ、モチベーション高くコーチをしてますけど、初めは、『最低な職業やな』と思いながらコーチになったんです(笑)。なぜかというと、自分が選手だった時のコーチの存在がすごく嫌だったから。現役を終わって、野球に携わる仕事がほかになかったこともあって、とりあえずやってみよう、という感じで引き受けたんですね。だから、その時のモチベーションはめっちゃ低かったですし、初めはもう、どちらかといえば仕方なしにやってたんです」

 2007年シーズン限りで現役を引退した吉井は、その年のオフ、日本ハムの投手コーチに就任した。初めに球団から要請があったのではなく、エージェントが各球団に売り込んだ結果、日本ハム球団から連絡が入った。まして、吉井本人の意向でエージェントが動いたわけではなかったから、「とりあえず」という感覚になるのも仕方なかっただろう。

 その当時、早速、秋季キャンプからチームに合流し、コーチとして初仕事を終えたばかりの吉井に、話を聞く機会があった。コーチの存在が嫌だった理由は、その時点で語られていた。

「このままでは、自分が選手の時に『へぼコーチ』と思っていた人のようになってしまう可能性があります。”へぼ”って言い方は悪いですけど、要は、経験でものを言う人。『オレはこうやったからお前もこうやれ。絶対こっちのほうがいいから』とは言うものの、なんでやらないといけないのか、納得のいく説明をしてくれない。それも頭ごなしに言われるから腹が立つんです」