2018.09.28

西武・伊原春樹の本音。「相手はヤクルトか、
楽勝だな」となめていた

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

西武×ヤクルト “伝説”となった日本シリーズの記憶(5)

【参謀】西武・伊原春樹 前編

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 四半世紀の時を経ても、今もなお語り継がれる熱戦、激闘がある。

 1992年、そして1993年の日本シリーズ――。当時、”黄金時代”を迎えていた西武ライオンズと、ほぼ80年代のすべてをBクラスで過ごしたヤクルトスワローズの一騎打ち。森祇晶率いる西武と、野村克也率いるヤクルトの「知将対決」はファンを魅了した。

 1992年は西武、翌1993年はヤクルトが、それぞれ4勝3敗で日本一に輝いた。両雄の対決は2年間で全14試合を行ない、7勝7敗のイーブン。あの激戦を戦い抜いた、両チームの当事者たちに話を聞く連載の3人目。

「リーダー」に続く第2回のテーマは「参謀」。今回は、西武の1軍の守備・走塁コーチを務めていた伊原春樹のインタビューをお届けする。

当時、西武の1軍の守備・走塁コーチを務めていた伊原 photo by Kyodo News

「1992年はヤクルトのことをなめていた」

――1992年、そして翌1993年の日本シリーズ。どんな印象が残っていますか?

伊原 今まで何度も日本シリーズに出場してきたけど、一番厳しかったシリーズですね。「本物の日本シリーズ」という印象が残っています。この頃の西武は森(祇晶)さんが監督になって7年目、8年目を迎えて、黄金期の絶頂だった。

 一方のヤクルトは、広岡(達朗)さんが監督をされていた1978年以来のシリーズ進出だったわけでしょう。本音を言うとね、1992年のシリーズ前は「相手はヤクルトか、今年は楽勝だな」というような気持ちだった。もちろん、指導者として、そんなことは絶対に口にはしないけどね。

――ところが、初戦でいきなりスワローズにサヨナラ負けを喫します。代打・杉浦享選手の逆転満塁サヨナラホームランでした。

伊原 2回にうちが先制したけどすぐに逆転される展開で、終盤に追いついて3-3だったんだよね。「意外と食いついてくるな」と思っていたら、延長戦になって鹿取(義隆)を出したら、満塁になって杉浦にカーンだからね。気持ちの中では「これはいかんな、なめたらいかんぞ」と思いながら、2戦目を迎えた気がします。「だてにセ・リーグを制してきていないな」という感じかな。