ニカラグア初の日本人選手に。
32歳スラッガーの世界トライアウト人生 (2ページ目)
そんな井野口が「僕、飽きっぽいんです」と言ってアメリカに旅立ったのは5年前のことだった。これだけ野球に執着する男が飽きっぽいはずなどないのだが、その言葉に悔しさがにじみ出ているようだった。
1月末に開催された米独立リーグのトライアウトに参加。数十万円の費用は投資と思えば安いものだった。ここで持ち前のバッティングを披露し、独立リーグの名門であるアメリカン・アソシエーションとの契約を勝ち取った。
このリーグはマイナーでいえば2Aに相当すると言われており、BCリーグのように"無双"というわけにはいかなかったが、それでもレギュラーを獲得し、高いレベルでも十分に通用することを見せつけた。
「このレベルからは日本のプロ野球(NPB)に助っ人として行った外国人が何人も出ています。だから、ここで文句のない数字を残したらスカウトの見る目も変わるんじゃないかと。日本がダメでもメキシコとか、どこだって行きますよ」
渡米2年目の2013年夏、アイオワの片田舎で自身の未来予想図についてそのように熱く語ってくれたが、それからまもなくして、井野口は群馬に舞い戻ってくることになった。
あれから4年。井野口は今も"独立リーガー"でいる。群馬でカラバイヨ(元オリックス)らとともにリーグ屈指の強力打線の一翼を担っている。日本復帰後は4シーズン連続で打率3割以上をマークし、毎年2ケタ本塁打を記録している。
もはやドラフトで声がかからない年齢であることはわかっているが、生まれ故郷の群馬で、独立リーガーとして妻と共働きしながら家庭を築いていく覚悟を決めた。
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