2012.09.25

【プロ野球】「本当はもっとマウンドにいたい……」。
高津臣吾、22年の選手生活に幕

  • 大田誠(テレビ朝日 Get SPORTS取材班)●文 text by Ohta Makoto(tv asahi Get SPORTS crew)
  • スポルティーバ●写真 photo by Sportiva

9回二死から登板した高津は相手打者をレフトフライに打ち取り、22年の現役生活に別れを告げた 2012年9月22日、新潟県長岡市悠久山野球場。この日、今シーズンからプロ野球独立リーグ、BCリーグの新潟アルビレックスベースボールクラブを率いる、背番号22の高津臣吾選手兼任監督が、22年間のプロ野球現役生活に幕を下す引退試合が行なわれた。

 日本プロ野球でヤクルトスワローズ不動の抑えとして、通算286セーブを挙げ名球会入り。アメリカメジャーリーグでは、シカゴホワイトソックスなどに所属し、通算27セーブを記録。さらに、韓国プロ野球で通算8セーブ、台湾プロ野球でも通算26セーブ。そして、BCリーグ新潟アルビレックスでは、通算16セーブを挙げた。

 日本、アメリカ、韓国、台湾、4カ国すべてのプロ野球を経験したのは、日本人でただひとり。プロ野球生活22年で通算363個ものセーブ数を積み重ねてきた、偉大なる抑え投手である。

 新潟ベンチに置かれたホワイトボードには、「絶対に負けられない日がある!!」の文字。
選手、コーチ、スタッフ、チーム全員で誓った思いが書き込まれていた。さらに、BCリーグ史上最多となる、6664人の観客がスタンドを埋め尽くす。

 4回にホームランで3点をリードされ、重苦しい空気が流れる中、5回にフォアボールやワイルドピッチなど相手のミスにつけ込み、一挙9点を奪い逆転すると、続く6回にも1点を追加する。その後3点を返されるものの、4点差で迎えた8回、ついに高津がブルペンへと向かう。これが、選手として本当に最後のブルペン。しかも、球を受けるのは、ヤクルトで苦労をともにしてきた古田敦也。この瞬間、満員のスタンドがどよめいた。