「やり返さない勇気」と「怒りの正義」 ジャッキー・ロビンソンとロベルト・クレメンテが開いた時代の扉 (3ページ目)
これはクレメンテの送った物資に限らず、他国からの支援物資も国家警備隊が横領していたとの証言が数多ある。1972年当時のニカラグアは、アメリカの反共政策の恩恵を受けた大統領一族であるソモサファミリーの圧政に苦しんでいた。憤慨したクレメンテは、自らの手で直接被災者に物資を届けようと、制止する妻・ベラを振り切って飛行機へと乗り込んだ。そして悲劇は起こった。
【クレメンテの怒りの矛先】
クレメンテは、ただ純粋にニカラグアの民衆を救いたい。しかし、その人々は国内で政治的な弾圧を受けている。そしてクレメンテの母国・アメリカは、その政治体制を支援している。彼の怒りは、被災者支援を妨げるニカラグア政府だけでなく、その体制を支え続けたアメリカ政府にも向けられていたに違いない。
国家と個人を分けて考える。かつては当たり前のように受け入れられていたこのフレーズが、いまや当たり前ではない世の中になりつつあるのではないか。多くの国家が、ますます独善的に振る舞い始めているように感じるのは気のせいか。国が「◯◯ファースト」と大声で叫び、恥じらいのない排外主義が幅を利かす。安易で危うい「敵か味方か」という二項対立の前で、個人の存在が薄れていく。
「あいつらはオレたちの敵だ。なぜ敵に塩を送るのか。オレたちの利益だけを考えろ」
多くの国が怒って、喧嘩して。もしクレメンテが今も生きていたなら、どんな言葉を発したのだろう。
国同士の付き合いは、「右手で殴り合いながら左手で握手をするようなもの」と言われる。
しかし悲しいことに、現在の国際政治の舞台では、その握手をする左手の力が弱まっている。
このままでは差し伸べるべき手を引っ込め、国家としても福敬登が嘆いた「見て見ぬふりが正解」、あるいは大国が自国ために両の拳で小国を叩きのめすことが是となってしまう。
ちょっと待ってほしい。アメリカでは力のない握手は「デッドフィッシュ」と言われ、相手の信用を失う行為として忌み嫌われているではないか。
そもそも国とは個人の集合体だ。敵の「あいつら」も、味方の「オレたち」も、構成する個人の属性は千差万別だろう。
ロベルト・クレメンテ/1934年8月18日生まれ、プエルトリコ出身。55年にピッツバーグ・パイレーツでメジャーデビューを果たし、以降18年間同球団一筋でプレー。抜群の打撃技術と守備力を誇り、首位打者4回、ゴールドグラブ賞12回を受賞。71年にはワールドシリーズMVPにも輝いた。また社会貢献活動にも力を注ぎ、ラテン系や貧困層の若者への支援に積極的に取り組んだ。72年12月、ニカラグア地震の被災者を支援する物資を届けるため、チャーター機に乗っていたが、同機が墜落し、命を落とした
著者プロフィール
加藤 潤 (かとう・じゅん)
1974年生まれ。東京都出身。中日ドラゴンズ通訳。北海道日本ハムファイターズで通訳、広報、寮長に就いたのち、2011年から現職。シーズン中は本業をこなしながら、オフには海外渡航。90ヶ国を訪問。稀に文章を執筆。過去にはスポーツナビ、中日新聞、朝日新聞デジタル版に寄稿。またコロンビアのTV局、テレメデジンとテレアンティオキアに話題を提供。現地に赴き取材を受ける
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