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「やり返さない勇気」と「怒りの正義」 ジャッキー・ロビンソンとロベルト・クレメンテが開いた時代の扉 (2ページ目)

  • 加藤潤●文 text by Kato Jun

 デービッド氏によれば、父のジャッキーはただ忍耐の人ではなかったという。もともとは血気盛んな性格だったが、当時の社会状況のなかでは、耐えざるを得なかった。理不尽な仕打ちを受けても、「やり返さない勇気」を持たなければならなかった。

 ロビンソンとクレメンテ──どちらが能動的なアクションを起こしたか。その問いに答えるには、彼らが生きた時代背景の違いを無視して、単純に同列で語ることはできない。ふたりとも、それぞれの時代において「開けるべき扉」を開けたのだ。方法は異なっていても、彼らは社会に大きなインパクトを与えた存在であり、野球の歴史のなかでも傑出している。

【やり返さない勇気を持て】

 余談だが、1947年にロビンソンと契約した当時のブルックリン・ドジャースGM、ブランチ・リッキーは、「やり返さない勇気を持て」との金言を彼に授けたことで知られている。そのリッキーは、1955年にはピッツバーグ・パイレーツのGMとしてロベルト・クレメンテをチームに迎え入れている。時代の扉を開けようと、もがいていたふたりの背中を力強く押したリッキーの功績も忘れてはならない。

 この説明に、ポラス氏も納得してくれたように思えた。

「多くの人が怒り、喧嘩して時を過ごしている。そんな世の中だからこそ、いま一度、彼らの行ないを思い返すべき時なのかもしれない」

 ロビンソンは、怒りをぶつけて争うことさえ許されなかった。一方、クレメンテは争いに時間を割くくらいなら、その時間を他者のために使おうとした。

 しかし、クレメンテも怒っていた。激怒と言ってもいい。人生の最期に抱いた感情が「怒り」だったことが、少し悲しくもある。ただ、彼の怒りは人に向けられたものではなかった。ひとりの力ではどうすることもできないニカラグアの政治体制だった。彼の怒りの源泉は、一個の人間に宿る正義感だ。

 クレメンテは地震発生直後に救援物資を送るも、それらは被災者の手元に届くことはなかった。物資はニカラグア大統領直下の国家警備隊によって押収され、その事実にクレメンテは激しく憤った。

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