イチロー初球宴から20年。アメリカの価値観を変えた偉大な軌跡 (4ページ目)

  • 福島良一●解説 analysis by Fukushima Yoshikazu
  • photo by AFLO


 これほどまでにアメリカで人気となった要因は、卓越したプレーはもちろん、彼の放つ強烈な個性も大きかったと思います。「世界の王」と言われる王貞治氏のフラミンゴ打法、野茂投手のトルネード投法に匹敵する、イチロー選手の独特な打撃フォームはファンの心を惹きつけました。

 野茂投手がメジャーの道を切り開いたように、イチロー選手の活躍に刺激を受けて、ほかの日本人野手もあとを追いました。2002年には田口壮選手がセントルイス・カージナルス、2003年には松井秀喜選手がニューヨーク・ヤンキース、2004年には松井稼頭央選手がニューヨーク・メッツと、次々と海を渡ってくるようになったのです。

2016年6月15日に行なわれた敵地でのサンディエゴ・パドレス戦、当時マイアミ・マーリンズのイチロー選手は9回表にライトへ二塁打を放ち、日米通算4257安打をマーク。メジャー歴代1位の通算4256安打を誇るピート・ローズの記録を日米合算で抜きました。

 日米合算でのローズ超えに対して、アメリカで異論があったのも事実です。しかし、敵地ながらも観客はイチロー選手に祝福の拍手を盛大に送っていました。途轍もない快挙の達成に敬意を評したのです。それは、アメリカの価値観を変えるような印象的なシーンでした。

 そのローズが最大の目標にした人物は、歴代1位の終身打率.367を残しているタイ・カッブ。1900年代初頭の「飛ばないボール時代」を象徴する大スターで、当時不滅の大記録と言われた通算4191安打をマークした「球聖」です。バントや盗塁、ヒットエンドランといったプレーで人々を魅了しました。

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