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【高校野球】0対7からの大逆転、宿敵・帝京撃破、そして涙の初甲子園...小倉全由と「下町の暴れん坊」が起こした夏の奇跡 (2ページ目)

  • 新田光●文 Hikaru Nitta

 関東第一の強さは、関係者の間でも評判になっていた。抽選会に行ったマネージャーが、他校の部員から「おまえたち強いらしいな」と声をかけられたという。

 だが、大会に入ると苦しい戦いが続いた。初戦突破後の2戦目(4回戦)の攻玉社戦は1対0の辛勝。さらに準々決勝では、前年優勝の日大一を相手に、あわやコールド負けという絶体絶命のピンチに陥った。エースナンバーを背負う日大三からの転校生・高井隆行が序盤につかまり、いきなり0対7の劣勢を強いられた。

 そんな悪い流れを変えたのが、主将・寺島の一発だった。打席に向かう途中、相手選手が「強いって聞いていたけど、大したことないな」とつぶやくのを耳にしたという。「誰よりも負けず嫌いな男」と小倉が評する寺島は、「ふざけるな」という思いをこめてバットを振り抜き、反撃の狼煙(のろし)となる本塁打を放った。

「ベンチへ戻るなり、寺島はチームメイトに『おまえら、なめられてるんじゃないぞ!』と叫んだんです」

 小倉は当時を思い出しながら、うれしそうに振り返った。

 寺島の一発をきっかけに関東第一は息を吹き返し、11対8の大逆転勝利を収めた。勢いそのままに準決勝では城西大城西を6回コールドの12対2で圧倒し、いよいよ決勝へ。待ち受けていたのは、最大のライバル・帝京だった。

【打者一巡の猛攻、歓喜の8回】

「甲子園よりも帝京に勝つこと。とにかく、打倒・帝京。それがすべてでした」

 そう当時の心境を語った小倉だったが、決戦を前に迷っていた。

「ミーティングでは『明日は木島(強志)でいくぞ!』と先発を伝えたんですが、『木島で9回まで持つのか?』という不安があったんです。だったら、高井でいけるところまでいって、木島につなごうと決心しました。翌朝、選手たちには謝りました」

 先発完投が全盛の時代。小倉は大一番であえて"継投"を選択して、勝負に出た。

 そして打者にはこうアドバイスを送った。帝京のエース・小林昭則はこの夏、得意のカーブが抜けて高めに浮くことが多かった。そこで「ボール球でもいいから顔の前にカーブが抜けてきたら、右バッターはレフトスタンドへ向かってホームランをぶち込め」と伝えた。これが功を奏したのか、3番の田辺昭広はそのカーブをレフトスタンドへ運んだ。

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