【高校野球】グラウンドに鳴り響く「パワーホール」 弱小校を強豪校へと変えた神戸国際大付・青木監督の"プロレス野球" (4ページ目)
「今でも選手とは冗談を言い合ったりして、考え方は若いほうだと思うんですけどね(笑)。でも、たしかに学校のなかでも昔は一番若かったのにどんどん上になって、今では......。まあ、歳はとるものですし、時代は過ぎていくものやからしゃあないけど」
そう言うと、すぐさまプロレス話でつなげてきた。
「ノアの杉浦貴も50歳を超えているけど、すごい体をしていますからね。世間の50代でも、しっかりトレーニングして鍛えている人なら、体力的に20代に勝つ人もいっぱいおるでしょう。武藤(敬司)さんも膝を痛めて苦労しはったけど、58歳で一度チャンピオンベルトを巻いたしね」
自分もまだまだ──そんな負けん気が伝わってくる。
今回も、グラウンドとリングを行き来するような時間の締めくくりに、あらためてプロレスと高校野球を愛する青木の思いを尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「プロレスでもね、試合前にグッズを売ったり、リングを設営したりしている子が、だんだんと上のほうの試合に出るようになると、体も変わって、コスチュームも変わり、自分をアピールするようになっていく。自信がついてくるんですよ。その過程を見るのが好きなんです。
高校野球もそこは同じで、練習を積み重ねて自信を持てるようになると、打席やマウンドでの立ち姿やプレーはもちろん、ユニフォームの着こなしまで変わってくる。そういう変化が見えた時に、『ああ、この子も頑張ってきたんやな、よし!』となるんです。だから今回も、ウチの試合を見てもらった時に、『国際の子、ええよな』と思ってもらえたり、小学生や中学生が見て憧れを持ってくれたりしたらうれしいですね」
まさに監督冥利に尽きる、ということなのだろう。さあ、大好きな野球を甲子園の舞台で思いきり楽しみながら、バックには尊敬してやまないレスラーたちのテーマ曲が響く。まさに"野球小僧にしてプロレス小僧"。青木にとっての至福の時間がどこまで続くのか。まもなく、神戸国際大付にとって6度目の春が幕を開ける。
著者プロフィール
谷上史朗 (たにがみ・しろう)
1969年生まれ、大阪府出身。高校時代を長崎で過ごした元球児。イベント会社勤務を経て30歳でライターに。『野球太郎』『ホームラン』(以上、廣済堂出版)などに寄稿。著書に『マー君と7つの白球物語』(ぱる出版)、『一徹 智辯和歌山 高嶋仁甲子園最多勝監督の葛藤と決断』(インプレス)。共著に『異能の球人』(日刊スポーツ出版社)ほか多数。
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