北海道大学の軟式出身26歳が韓国プロ野球に入団 遅咲きの152キロ右腕・長大聖の挑戦 (2ページ目)
【大反対の母と背中を押してくれた父】
「あんた、本気なの?」
母親に報告すると、率直に驚かれた。北海道大学という国内屈指の名門国立大学に進みながら、独立リーグで野球をするために留年するのは世間的に見れば非常識だろう。事実、周囲の多くにそう指摘された。
一方、味方になってくれたのが父親だった。
「おまえの人生だから、やりたいようにやれ」
父は元高校球児で、就職後も北海道で軟式をプレーした。いわゆる既定路線から外れ、自分の道を進もうとする息子の背中を押してくれた。
独立リーグからNPBを目指すのは、成功確率1%程度。高卒後まで軟式でプレーし、NPBに羽ばたいた選手には大野豊(出雲市信用組合→広島)がいるが、成功例は少ない。
それでも挑戦を決めた長に、どれくらいのポテンシャルがあったのだろうか。投手でわかりやすいのが球速だが、正確には把握していなかったという。
「スピードガンのある環境で測ったことがなかったので。たぶんですけど、140キロに届くか、届かないぐらいだったと思います」
硬式に転向した当初はボールの違いもあり、「別の競技なんじゃないか」と感じたという。それでも美唄2年目には最速143キロをマーク。大学5年時は札幌に拠点を移し、平日は授業のあとに練習場へ通い、週末は試合という日々を過ごした。
そして翌年、BCリーグの群馬に移籍する。同じ独立リーグでもレベルが上がり、NPB球団との交流戦もあるのが魅力だった。
硬式転向後、目標であるNPB入団が具体的に見え始めたのは群馬1年目の後半だ。球速が148キロまで上がった裏には、元広島の澤崎俊和コーチ(現・福井工業大学コーチ)の「遠投したらいいよ」という教えがあった。
「自分のフォームにロスが多いことは自覚していました。そこで一からフォームを見直しました。具体的には、投球時に最大外旋をしっかり取るための遠投練習やボールの加速距離をうまくつくるための練習、さらにプライオボールを使ったトレーニングにも取り組みました。上半身と下半身の連動、そして投球動作の最後にどうエネルギーを伝えるかという視点で考えるようになると、さまざまな要素が次第につながっていったんです」
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