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【大学野球】東京六大学に現われた184センチ93キロの大器 法政大1年・井上和輝、慢心なき進化の現在地 (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro

 この日の屈辱が、井上の目の色を変えさせた。

「二度とこんな思いをしたくないと思って、その冬から捕手としての守備の技術練習をやりました。まずは守れなきゃダメだ。打つのはその後だと。歯を食いしばって練習しないとダメだなと思いました」

【代打要員から正捕手へ】

 努力のかいがあり、井上の捕手技術は飛躍的に向上。甲子園出場経験こそなかったものの、井上は名門・法政大への進学を果たす。だが、その同期には広陵高の正捕手として甲子園に4回出場し、全国区の知名度を誇る只石貫太がいた。

「同学年の捕手では箱山(遥人/トヨタ自動車)か只石か......と言われるくらいの存在でしたし、何回も甲子園に出ている選手ですから、刺激になりました。あいつに勝つにはどうすればいいのか、ずっと考えながら練習していました」

 1年春のリーグ開幕戦からスタメンマスクを被った只石に対し、井上はベンチ入りを果たしたとはいえ代打要員だった。それでも、井上は「与えられたところでしっかりと仕事をしよう」と、1年春から打率.375をマーク。夏のオープン戦でも結果を残し、レギュラーの座をつかみ取った。今や法政大の大島公一監督が「肩は強いし、ブロッキング能力も高いですよ」と語るほど、守備力の信頼も勝ち取っている。

 それでも、只石もこのまま黙っているわけではない。先輩捕手にも土肥憲将、中西祐樹、川崎広翔(いずれも3年)といった好捕手がひしめいている。井上は「全然気が抜けないです」と気を引き締める。

 井上が激しい競争をくぐり抜けたその時、さらにグレードアップした姿が見られるはずだ。大学代表候補合宿での去り際に、井上はこんな決意を語っている。

「1年生で選んでもらったからには、いろんな人から技術を盗んで、吸収して、力にしていくことが求められていると思います。また春には変わった姿を見せて、結果を残せるように練習していきます」

 井上和輝の大学野球生活は、あと3年も残っている。3年前に後逸を繰り返していたことを思えば、さらに爆発的な進化を遂げても不思議ではない。

著者プロフィール

  • 菊地高弘

    菊地高弘 (きくち・たかひろ)

    1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。

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