【夏の甲子園2025】批判渦中の広陵、エースの度胸で初戦突破 指揮官は涙「選手ありきの高校野球なんで...」
大会史上最遅の19時29分に始まった広陵(広島)と旭川志峯(北北海道)の一戦は、ナイトゲームとして行なわれた。試合前に「夜は甲子園特有の浜風が強くなると聞くので、それに注意したい。風を味方にしたい」と広陵の中井哲之監督は語ったが、両チームとも、外野手が激突したり目測を誤ることもなく、静かに進んでいった。
旭川志峯戦で1失点完投勝利を挙げた広陵のエース・堀田昂佑 photo by Matsuhashi Ryukiこの記事に関連する写真を見る
【逆転勝利で歴代5位タイの甲子園通算80勝】
先手を奪ったのは旭川志峯だった。4回表、広陵のエース・堀田昂佑から5番・石田健心がタイムリー。その裏、広陵の3番・高橋海翔のスリーベースとエラーで同点に。6回裏、7回裏に広陵がいずれも犠牲フライで加点し、3対1で競り勝った。
広陵の先発マウンドに上がった堀田は9回を投げ切って、3安打、10奪三振の好投。広陵は甲子園通算80勝目(歴代5位タイ)を挙げた。
1月に寮内で暴力事案が発生したことが明らかになり、さまざまに批判にさらされているなかでの勝利のあと、中井監督は涙を流した。
「本当に選手たちがよく頑張ってくれました。前半は、なかなか自分たちの野球ができなかったですね。選手たちにはリラックスして笑顔でやろうと言ったんですけど、監督が一番硬かった。『笑顔でやろうや』と言った監督の表情が厳しかったからこういう試合になったんかもしれません。選手ありきの高校野球なんで、選手がよく頑張ってくれたと思います」
緊迫したムードの試合、マウンドに立ち続けたのがU−18日本代表候補でもある堀田だった。
「堀田はちょっと力んでボールが高めに浮いていましたが、後半はよかったですね。相手がストレート狙いだったので、変化球をうまく混ぜるようにと指示を出しました。スピードを気にすることなく、テンポよく、低めにボールを集めていきました」
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著者プロフィール
元永知宏 (もとなが・ともひろ)
1968年、愛媛県生まれ。 立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。 大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。著書に『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)、『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(集英社)など多数。2018年から愛媛新聞社が発行する愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(エッジ)の創刊編集長




























