オコエ瑠偉が2015年夏の甲子園で見せた圧巻のパフォーマンス 監督からの魔法のひと言で覚醒 (2ページ目)
試合後、サヨナラで勝利した余韻に浸りながら初回の超美技について振り返ったオコエだったが、そこにはたしかな根拠があった。
普段からキャッチャーが構えるコースやピッチャーが投じるボールを見極め、瞬時にポジショニングを取ることを意識しているという。それを甲子園の大舞台でも抜かりなく実践。甲子園の観衆の度肝を抜いたプレーは、必然的に生まれたものだった。
株を上げ続けるオコエにとって甲子園のハイライトは、準々決勝の興南戦だろう。
相手左腕の比屋根雅也に4打席封じ込められて迎えた9回。スコアは3対3。二死二塁と勝ち越しのチャンスで打席が回ってきたオコエには確信があった。
「それまでの4打席っていうのはインコースを攻められて打てなくて、相手も舐めていたと思うんですよ。自分も悔しかったけど、配球とか球筋とかもうわかっていたんで『打てないほうがおかしい』って」
絶対、インコースに来る──2ボール1ストライクからの4球目。ひざ元に食い込むストレートを強振して捉えた瞬間、オコエがバットを放り上げる。レフトスタンドへ豪快な一発をお見舞いしてリベンジしたオコエは、「修正能力が生かされる場面でよく打てた」と自画自賛した。
この夏、ベスト4まで進出した関東一で最も光を放っていたのがオコエだった。
オコエ瑠偉(おこえ・るい)/1997年7月21日、東京都生まれ。関東一では3年夏に甲子園に出場し、ベスト進出の原動力に。2015年のドラフトで楽天から1位指名を受け入団。1年目から51試合に出場し、2年目には41試合ながら打率3割をマーク。しかしその後は伸び悩み、22年は6試合の出場にとどまり、オフに現役ドラフトで巨人に移籍。移籍1年目の23年は開幕スタメンを勝ちとるなど飛躍が期待されたが、思うような結果は残せなかった。それでも抜群の身体能力を武器に定位置奪取を目指している
著者プロフィール
田口元義 (たぐち・げんき)
1977年、福島県出身。元高校球児(3年間補欠)。雑誌編集者を経て、2003年からフリーライターとして活動する。雑誌やウェブサイトを中心に寄稿。著書に「負けてみろ。 聖光学院と斎藤智也の高校野球」(秀和システム刊)がある。
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