退路を断ち、23歳で独立リーグへ 最速158キロの速球を武器に廣澤優はドラフト上位指名を目指す (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro

 大谷は年齢的に廣澤の1年上ながら、高卒2年でJFE東日本の野球部から引退勧告を受けている。その後、伏木海陸運送に転籍して2年プレーし、日本海リーグの富山GRNサンダーバーズに入団。西村憲コーチ(現・和歌山ウェイブス監督)との出会いもあって急成長を遂げ、最速159キロをマークする。

 富山で開眼した大谷の映像を見て、廣澤は戦慄した。

「自分が知っている大谷さんとはかけ離れていて、すごいボールを投げていました。まさか大谷さんがNPBに行くなんて、全然思っていませんでしたから」

 大谷はロッテからドラフト2位指名を受け、NPB行きを果たしている。廣澤は「自分も大谷さんみたいになりたい」という思いを強くした。独立リーグの球団を探す際には、大谷からアドバイスを受けることもあった。

【佐々木朗希を追い越したい】

 一方で、廣澤はJFE東日本での4年間を回り道とはとらえていない。

「18歳の時よりも体も技術も考える力も身についたのは、社会人野球を経験できたおかげです。すごくいい経験をさせてもらえた4年間でした」

 JFE東日本の落合監督にすれば、大谷に続いて廣澤が独立リーグで大成すれば自身が批判される恐れもあるはずだ。それでも、廣澤の身を案じて独立リーグ行きを勧めてくれたことを本人は感謝している。

「落合さんは自分だけではなく、選手一人ひとりのことを考えてくれる監督でした。自分のスタイルもわかってくれていたはずですし、独立リーグで登板機会を得たほうがいいと考えてくださったのだと思います」

 社会人としての安定を捨てることにはなったが、家族など多くの人が廣澤の背中を押してくれた。高校時代の恩師である小倉全由さん(現・侍ジャパンU−18代表監督)からは「プロに行く気持ちがあるならオレは応援するし、頑張ってこいよ」と激励を受けている。

 選んだ挑戦の地は愛媛だった。廣澤は「トレーニングジムが使い放題で、練習環境が整っています」と胸を張る。

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