井端弘和のU-18日本代表選手のリアル評 ドラフト1位候補前田悠伍の長所とは (3ページ目)

  • 寺崎江月●取材・文 text by Terasaki Egetsu

【U-18を率いた馬淵監督は「さすがの手腕」】

――そういった選手たちに臨時コーチで指導する際、U-18の馬淵史郎監督とどんな話をしましたか?

「"小技"を教えてほしい、という話をしましたね。例えばバントだと、金属バットでは角度をつければ勝手に弾かれてボールが転がってくれますが、木製バットはそうはいかない。そこでの右手、左手の使い方を教えました」

――実際に馬淵監督は、"スモールベースボール"でワールドカップを制しましたね。

「練習試合の段階から、バントもそうですが、エンドランなどを積極的に用いていました。そこでヒットがよく出ていましたが、先ほども話したように、ヘッドを効かせないと木製バットではヒットは生まれないことを実感させていたんだと思います。

 大会本番ではどんな場面でもエンドランというわけではなかったですし、あの短期間で木製バットの使い方とチームの方向性を浸透させるための手段だったんだと。集まった選手を見極めた上での、勝つためのチームの方向性の定め方とその浸透のさせ方は、数年で選手が入れ替わる高校野球で長く結果を残してきた馬淵監督ならではですね。すばらしい手腕だったと思います」

――ちなみに、井端さんがU-12日本代表の監督としてチームの指揮を執った際には"打ち勝つ野球"を掲げていました。上のカテゴリーと違う野球を目指した理由は?

「高校生くらいになれば体の成長もある程度は止まって、その体格でどういった選手を目指すのかを自分で見定める時期だとも思います。ただ、U-12の選手たちはまだ"子ども"。その段階で、体が小さい子にはバントを......などと要求してしまうと、選手としての方向性をこちらで決めてしまう可能性がある。

 もしかしたら1年で身長が10cm以上伸びるかもしれないし、プロでも小柄だけど長打を打てる選手はたくさんいますからね。そういった理由もあって、U-12ではあまり小技を要求せずに"打ち勝つ野球"を掲げました。子供たちには、自分の可能性を狭めることなく野球と向き合っていってほしいですね」

【プロフィール】
井端弘和(いばた・ひろかず)

1975年5月12日生まれ、神奈川県出身。堀越高から亜細亜大を経て、1997年ドラフト5位で中日に入団。2013年には日本代表としてWBC第3回大会で活躍した。2014年に巨人に移籍し、2015年限りで現役引退。現役生活18年で1896試合出場、1912安打、56本塁打、510打点、149盗塁。ベストナイン5度、ゴールデングラブ賞7度、2013年WBCベストナインなど多くのタイトルを受賞した。2016年から巨人内野守備コーチとなり、2018年まで在籍。侍ジャパンでも内野守備コーチを務め、強化本部編成戦略担当を兼務。2022年の第6回WBSC U-12ワールドカップでU-12日本代表監督を務め、2023年10月3日に日本代表のトップチームおよびU-15監督に就任した。

3 / 3

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る