斉藤和巳が「球数制限」に言及。「佐々木朗希の立場なら...」も考えた (3ページ目)

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

――2007年にはかなり肩の状態が悪くなり、10日以上の間隔を開けて先発していましたね。

斉藤 その頃にはもう、肩の状態が「ただごとではない」とわかっていました。先発したあとは3日ほど肩が上がらない状態でしたから。1週間ほどかけて疲労を取り、残りの数日で次の登板に備えるというスケジュールでした。

――その後、2度の手術、6年間にわたるリハビリを経て一軍復帰を目指したものの、斉藤さんは2013年限りでユニフォームを脱ぐことになりました。そんな斉藤さんは、「高校野球でピッチャーに『球数制限』を設けるべき」という声が強くなっていることをどう考えていますか?

斉藤 僕の場合は、高校の監督やコーチにしっかり守ってもらいました。甲子園に出るようなチームでもなかったので、連投や酷使とはあまり関係がなかった。それでも肩が痛くなったので......非常に難しい問題ですね。

――約190cmの長身で、速球が武器の本格派ながら、まだ体は成長途中。おまけに、高校では四番でエース。大船渡の佐々木朗希投手と斉藤さんには重なる部分がたくさんあります。

斉藤 僕の高校時代の最速は143キロですから、彼と比べれば全然です。160キロを超えるボールを投げるということだけでも、彼の素質のすごさがわかります。

――高校生に「球数制限を」という声もある一方で、「高校野球で燃え尽きてもいいのでは」という指導者もいます。佐々木投手が岩手県大会の決勝に登板しなかったことについても、「投げさせてやりたかった」という意見もあれば、「選手の体を考えた大英断だ」と評価する人もいますが、それについてはいかがですか?

斉藤 難しいですよね。決勝戦までの逆算をして、それまでの球数を抑えられればよかったんでしょうけど、彼が投げなければ途中で負けていた可能性もある。肩やひじの状態について、僕には情報がないので何とも言えません。

――もし斉藤さんが佐々木投手と同じ立場ならどうしましたか?

斉藤 僕ならば「バッターとして出たい」と言ったと思います。チームの仲間は佐々木投手の状態はわかっていたでしょうし、彼の将来のことも考えたはず。そのうえで、四番バッターとして出してあげられなかったのかなと考えました。

 監督が、佐々木投手の将来を考えて投げさせなかったことは否定しません。登板しなかったことに対して「どうして?」とはまったく思わない。もし、佐々木投手が投げたとしても、もしくはバッターとして出たとしても、優勝できたかどうかはわかりません。ただ、試合に出ないで負けるよりは、仲間の納得感は大きかったでしょうね。

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