2019.07.19

神前俊彦63歳。高校野球に
憑りつかれた男が目指す2度目の甲子園

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Tanigami Shiro

 高校野球の京都大会の開幕が迫っていたある日、京都共栄学園監督の神前俊彦(かみまえ・としひこ)と電話で話をする機会があった。会話のなかで、今度、智辯和歌山前監督の高嶋仁(現・名誉監督)に会うという話をすると、神前はこう言ってきた。

「なら、高嶋さんに聞いといてくださいよ。夏のない夏はどうですか、と」

2015年から京都共栄学園の指揮を執る神前俊彦監督 夏のない夏──つまりは、戦いのない夏、勝利を求めない夏、甲子園を目指さない夏……という意味だ。高嶋より10歳若い神前だが、京都では最年長監督となる63歳。いつまでこの生活が続くのかという思いも浮かぶなか、甲子園歴代最多勝監督の夏のない夏に興味が向いたようだ。

「高校野球の監督というのは、3秒に1回決断をくだして、ボタンを押すのが仕事。それでゲームの勝敗が分かれ、チームの運命も決まってくる。50年近く、そうした生活を送ってきた高嶋さんが、夏のない夏をどう過ごしているのか、どう感じているのか……聞いてみたいなぁ」

 神前の名前は、和歌山市にある地名神前(こうざき)に由来する。いかにもご利益がありそうな名前だが、かつて大阪の高校野球界、公立高校の野球関係者の間で特別な響きを持っていた。

 1982年の夏、練習時間1時間半、公立の進学校である春日丘(かすがおか)が、その年のセンバツで優勝し、春の大阪大会、近畿大会を制したPL学園を準々決勝で撃破。さらに準決勝、決勝でも強豪私学を破り、誰も想像していなかった甲子園出場を果たしたのだ。

 ちなみに、高校の公立校の甲子園出場は、1990年の渋谷(しぶたに)が最後で、甲子園での勝利となると、この時の春日丘(初戦で長野・丸子実業に勝利し、2回戦で敗退)が最後となる。今も語り継がれる夏を演出したのが春日丘OBで、指揮を執って2年目の神前だった。

 高校野球の醍醐味が詰まったサクセスストーリーと同時に、マスコミは26歳(当時)の青年監督に興味津々となった。

 神前は、監督業の傍ら本業を持つサラリーマンで、しかも務めていた会社は誰もが知る超大手。たちまち時の人となった。しかし学校側の諸事情により、監督業は翌年3月までとなった。