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「実はサッカーが好きじゃなかった」と上田綺世 気持ちが変わったきっかけや仲間との思い出、両親の存在も語る

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 海外で活躍するプロサッカープレーヤーの上田綺世。日本を代表するフォワードのひとりで、その卓越した得点感覚で所属のオランダリーグでも現在ゴールを量産中だ。世界的にも注目される存在となった上田の原点は、小学生時代の練習と試合の日々。とくに目標としていたJFA全日本U-12サッカー選手権大会は、上田にとっても忘れられない大会だった。

 マクドナルドも協賛するその全国大会「JFA第49回全日本U-12サッカー選手権大会」が12月26日(金)~29日(月)の4日間、鹿児島県で開催される。「小学生時代に本当にたくさんのことを学んだ」という上田に、当時の思い出やこれからの目標などについて話を聞いた。

鹿島にも絶対に勝ちたかった

――サッカーを始めたのはいつ頃で、どのようなきっかけからでしょうか。

 小学校に上がる前の5歳くらいの時にサッカーを始めました。もともと父親がサッカーが好きで一緒によく試合を見ていたんですが、実際に父親の試合を観に行った時に自分もやりたいと思って、吉田ケ丘サッカースポーツ少年団というチームに入りました。

――始めた当時はどんな練習をしていましたか。またどんなところが楽しいと感じましたか。

 実はサッカーが好きじゃなかったんです。というのも、最初は誰でも下手で、僕もそうでした。自分の思ったようにはうまくいかなかったですし、下手なことが恥ずかしかったので、少年団に行くのは嫌でした。自分のイメージした理想と現実とのギャップが、楽しめなかった理由です。

 ただ小学1年生の時に初めてゴールを決めたんですが、それがきっかけでサッカーの情熱が湧いてきて、もっとゴールを決めたいと思ってサッカーにはまりました。それで小学2年生くらいからスクールにも通うようになって、小学5年生の時にスクールを変えました。そこでまた一段ギアが上がって、週5日くらいサッカーをしていたのを覚えています。

小学生時代はサッカー漬けの毎日を送っていたという 写真:本人提供小学生時代はサッカー漬けの毎日を送っていたという 写真:本人提供――当時、仲間と一緒にがんばった記憶や、仲間との思い出があれば教えてください。

 茨城県内のいろんな大会に出場していたんですが、チームメイトとその会場に行くのが僕はすごく楽しみで、待ち遠しかった記憶があります。試合をしたいという情熱はチームメイトのほとんどが持っていたと思います。父がコーチをやっていて、少年団の練習が終わった後に、仲のいいチームメイト4~5人と父と違う公園に行って、夕方暗くなるまでボールを蹴っていました。それも楽しかった思い出でのひとつです。

――全日本少年サッカー大会(現JFA全日本U-12サッカー選手権大会)に出場した記憶はありますか。

 6年生の時に県予選のベスト16かベスト32まで進んだと思います。ただ鹿島アントラーズのジュニアに負けました。スコアは0-2だったかな。小さな少年団だったので、県大会でそこまで勝ち上がれること自体よかったことだったと思います。ただ僕は鹿島にも絶対に勝ちたかったので、本当に悔しかったです。

マクドナルドも協賛する全国大会「JFA第49回全日本U-12サッカー選手権大会」には全48チームが参加。毎年、日本一を目指し熱い戦いが繰り広げられるマクドナルドも協賛する全国大会「JFA第49回全日本U-12サッカー選手権大会」には全48チームが参加。毎年、日本一を目指し熱い戦いが繰り広げられる――まもなく全国大会が始まります。そこに出場する選手たちにとって、どんな大会になってほしいと思いますか。

 まずは勝つためにチームメイトみんなで全力を出しきって戦ってほしいですし、100%のパフォーマンスを出す努力をしてほしいです。当然ですが、ほとんどのチームはどこかで負けを経験します。その負けた悔しさを次に活かしてほしいと思います。それが情熱につながっていきますので、そんな情熱に火をつけられるような大会にしてほしいですね。

 小学生年代では負けたからといって何かが終わるわけではないし、優勝したからといってすべてを手に入れられるわけではありません。小学生年代から全国大会という高いレベルで試合できる機会は貴重なことですので、ぜひ次のステージに活かしてほしいですね。

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