クリープハイプ・尾崎世界観が「音」と共に思い出す1990年代のヤクルト「自分がファンだということは、内緒にしていた」

  • 白鳥純一●文 text by Shiratori Junichi
  • 山口直也●撮影 photo by Yamaguchi Naoya

――この年のヤクルトは、4勝3敗で西武を下して日本一を手にしました。

「平日のデーゲームだった第7戦は、通学路の途中にある電気屋さんのテレビで見ました。当時は、あまり仕組みがわかっていなかったこともあり、『何かすごい次元のところで戦っている』という漠然とした感覚でしたが、日本一になった瞬間に選手の方々が喜ぶ姿を見て、当時の自分なりの嬉しさを感じていました」

――本日、私物としてお持ちいただいたジャンパーも、1990年代前半のものですよね。

「当時から持っていたものではなく、後にいただいたものですけど。つば九郎が登場する前のスワローズのマスコット、ボール君が描かれているのが特徴です。ユニフォームや帽子は、あえて古いものを探したりします。当時は真新しかった『YS』ロゴの帽子も、あらためてみるとカッコいいですね」

――尾崎さんが手がけたanoさんの新曲『普変』には、他者との価値観の違いや、個性についての描写も見られますが......ヤクルトと同じ東京に拠点を置く、巨人ファンに対する印象は?

「1990年代のヤクルトは強かったけれど、周りにいる巨人ファンの友達からはバカにされることもあったので、それはすごく嫌でした。当時の巨人戦は、ヤクルト戦を地上波放送で観られる唯一の機会だったんですが、なかなか勝てなくて......。特に、東京ドームで行なわれる試合は、いつも負けている印象でした。

 そればかりか、東京ドームの試合中継では巨人寄りの解説が流れてくる。なので、ヤクルトファンの父親はテレビの音声をオフにして、ヤクルトの応援歌のCDを大音量でかけていました。これも、異様な光景なのかもしれませんが(笑)。

 巨人はファンも多く、対戦してもなかなか勝てないし、時に肩身の狭さを感じることもありました。でも、そういうチームの存在があるからこそ、ヤクルトへの愛を深めることができて、応援にも熱が入った。そういう意味では、大切な存在なのかなと思います」

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