「脱サラJDグラドル」山田かなの壮絶なバレー部時代。崩壊寸前で「泣きながら練習に」 (3ページ目)

  • 武松佑季●取材・文 text by Takematsu Yuki
  • 田中 亘●撮影 photo by Tanaka Wataru

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家が貧乏でシューズを買い替えられなくて...

ーーそうして中学のバレー部をやりきったわけですが、高校では続けようとは思わなかったんですか?

 高校ではレベルも高くなるだろうし、ついていけないだろうと思って諦めました。他の部活をしようにも、家が貧乏だったので学費をアルバイトで稼がないといけなかったんですよ。ラーメン屋とファーストフード、コンビニの3つのバイトを掛け持ちしてました。中学時代も、バレーシューズを買い替えられなくてボロボロな状態でずっと履いてました(笑)。

ーーヤンチャな部員に囲まれて、たったひとり、ボロボロのシューズで頑張っている部長......。健気で何だかドラマになりそうな話ですね。

 それでチームが強くなればよかったんですけど、たしか最後の夏も地方大会2回戦負けだったかな。同級生のチームメイトも一応最後の試合は来ましたが、終わったら「おつかれー」みたいな感じですぐに帰っちゃって。『ROOKIES』みたいな展開には全然ならなかったですね(笑)。

会社員時代、営業成績トップのテクニックとは?

ーー「キセキ」は起こらなかったと(笑)。高校卒業後、スポーツ用品の営業の仕事について、1年目から売上トップを記録したそうですね。

 実はその前に派遣でアパレルの仕事をやっていたんです。その時に母が大病を患って、私はフリーターみたいな立ち位置だったので、姉から「あんたが正社員になって、ちゃんとした姿を見せないとお母さんも死ぬに死ねないよ。それでもいいの?」と言われて。まあ結果、母は今では毎日犬の散歩に行けるほどすっかり元気になったから笑い話ですけど。それがきっかけでスポーツ用品の会社に就職して、営業をすることになったんです。

ーー山田さんなりの営業テクニックはあるんですか?

 営業成績のいい人のそばについて、直接聞くのではなく、その人がやっていることをメモ帳に書き出してました。トークも、お客さんに過度にへりくだりすぎず、話の流れのなかで契約にこぎつける話術を参考にしてましたね。

 たとえば、ゴルフコースにボールをいくつ卸すかという交渉だとしたら、相手がうちの商品を誉めてくれたタイミングで、「じゃあロットは何個からなんで、いくつ買いますか?」みたいな。すごく押してるわけではなく、自然と買ってもらう流れを作っているのを見て、「おお、すごいな」と思い、マネしてました。

ーー何にでも一生懸命。

 一生懸命やっている感覚はないんです。多分、何事も好きになれるタイプなんでしょうか。モットーとしては「無理をしない」。無理をしたら続きませんから。

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 バレーボールに情熱を注いだ日々は決して無駄ではなかった? 山田かなさんのインタビュー後編では、彼女の脱サラからの名門大学受験物語や芸能活動のこれまでと今後、知られざるマッチョ愛について話を聞きます!

インタビュー後編『偏差値28から名門大学合格のグラドル・山田かな。マッチョを見て「モチベーションを高めてます」』>>

【プロフィール】
山田かな Yamada Kana 
1995年、千葉県生まれ。グラビアタレント、俳優。高校卒業後、会社員生活を経て、2019年に名門理系大学に入学。2021年にデビュー。

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田名部敦士●スタイリング styling by Tanabe Atsushi

<衣装>
カットソー ¥3,520、ピステ ¥4,620、シューズ ¥14,300、ソックス¥2,200、サポーター ¥1,100<FUNTAST/ミズノお客様相談センター>

パンツ ¥3,190<DESCENTE/デサントジャパンお客様相談室>

*問い合わせ先*
ミズノお客様相談センター 0120-320-799、デサントジャパンお客様相談室 0120-46-0310

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