2020.04.13

飛込のレジェンドがメダルを狙った
五輪で惨敗しても納得できたわけ

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

PLAYBACK! オリンピック名勝負―――蘇る記憶 第26回

スポーツファンの興奮と感動を生み出す祭典・オリンピック。この連載では、テレビにかじりついて応援した、あの時の名シーン、名勝負を振り返ります。

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 2008年北京五輪の男子3m飛板飛込、4大会連続出場の寺内健は競技人生の集大成として臨んだ。

4大会連続出場となった北京五輪で、飛込競技に挑む寺内健 寺内は、小学5年の時に飛込王国である中国出身の馬淵崇英コーチ(98年に日本国籍を取得)に誘われて飛込を始めた。それ以来、二人三脚で競技に取り組み、中学2年の時に日本選手権高飛込で優勝。96年アトランタ五輪に高校1年で出場し、高飛込で10位に入った。

 さらに、00年シドニー五輪では、高飛込で日本史上最高の5位入賞を果たし、3m飛板飛込でも8位に入賞。01年世界選手権3m飛板飛込では、日本初メダルとなる銅メダルを獲得した。その後はヒザを痛めて飛板飛込に専念し、02年2月に手術を行ない、リハビリを経て1年後に復帰。04年のアテネ五輪では、3m飛板飛込で8位に入賞した。

 寺内は日本の男子飛込界の歴史を切り開いてきたのだ。

 4回目の五輪挑戦となった北京五輪に、寺内は自信を持って臨んだ。07年3月の世界選手権は4位だったが、2本目以降は7人の審判がほとんど9.0~9.5点を出すノーミスのダイビング。その時の寺内は前踏切逆宙返りで、難易率3.5の307C(前逆宙返り3回半抱え型)を予定していたが、ギリギリになって「確実に得点を取れるほうを」と考えて技を変更し、難易率3.0の305B(前逆宙返り2回半エビ型)に抑えた。