検索

【指揮官と箱根駅伝】帝京大・中野孝行監督が『世界一諦めの悪いチーム』として続ける挑戦の原点「箱根は可能性を広げ、責任を果たす場」 (3ページ目)

  • 和田悟志●取材・文 text by Satoshi Wada

【「失敗は、それを次に生かせば、失敗ではなくなる」】

 当時は9位までにシード権を与えられたが、国士舘大はその後もシード権圏内でレースを進めた。

「シード権はチームの誰も経験していないから、最低限シード権は獲ってほしいって思っていました」

 自身の出番を終えたあと、中野は祈るような気持ちで仲間たちの走りを見守った。

 そして、9区では一時10位に後退したものの、アンカーの佐藤知彦が区間5位と奮闘し、総合9位でフィニッシュした。国士舘大は、実に10年ぶりにシード権を獲得。西山監督が指揮を執ってからは初めてのシード権だった。

 歓喜に沸くチームのなかでも、中野の気持ちはなかなか晴れなかった。

「周りが『やったぞ、やったぞ』って言っているんだけど、喜べなかった、残念ながら。本来は、自分がシード権を引き寄せる立場なのに、結局は他力本願になってしまった。それに、『よくやった』と評価してくれましたけど、目指していたのは総合6位でしたから。9位だったことに責任を感じました。あれだけのメンバーがいたのだから、もっと上位に行けたはずなので」

 中野にとっては悔しい結果だったかもしれないが、中野が2区を担ったからこそ成し得た結果とも言える。確かに"耐える"2区になったが、中野が区間8位と踏ん張ったおかげで、10年ぶりのシード権に届いたのではないだろうか。

 それに、入学した時は10人中10番目だったのが、エースにまで上り詰めたのだ。ある意味、箱根駅伝を通して見る中野の4年間は、彼の成長譚でもあった。

「箱根駅伝は可能性を広げる場でもあると思う。それは間違いない。今の学生を見ていても、あの子がここまで成長するんだって気づく大会でもあります。

 失敗は、それを次に生かせば、失敗ではなくなるんですよね。それを糧や肥料にすれば、その失敗も価値のあるものになりますから」

 中野自身、箱根路では何度も悔しさを味わされたが、それを自らの成長の糧としてきた。

 帝京大の指導者として22年目を迎えた中野は2027年大会まで20年連続出場、過去9大会では8回のシード権を獲得する実績を残しているが、何度も、何度も、"責任"という言葉を口にする。

「箱根駅伝は責任を果たす場だと思うんです。だからこそ、価値のある大会です。今の選手たちにも、その責任感っていうのを持って走ってほしいなと思いますね」

 とはいえ、中野自身は「責任を果たせなかった」という思いを今も持ち続けている。それが、指導者として箱根駅伝に関わり続けている今の原動力になっている。『世界一諦めの悪いチーム』を標榜するチームの指揮官の挑戦は、まだまだ続く。

●Profile
なかの・たかゆき/1963年8月28日生まれ、北海道出身。白糠高(北海道)―国士舘大―雪印乳業。国士舘大学在学時、箱根駅伝に4年連続で出場。大学卒業後、実業団で競技生活を続け、引退後に実業団チームの指導者となる。2005年11月に帝京大駅伝競走部監督に就任すると、その育成力で高校時代まで実績の少ない選手たちの成長を促し、2008年から次回大会まで20年連続で箱根駅伝出場権獲得中。また過去9回大会のうち8大会でシード権を獲得している。最高順位は、総合4位(2020年)。2021年卒業の星岳(コニカミノルタ)は、オレゴン世界陸上マラソン代表。

著者プロフィール

  • 和田悟志

    和田悟志 (わだ・さとし)

    1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。

3 / 3

登録は簡単! チェックを入れてボタンを押すだけ 詳しくはこちら

キーワード

このページのトップに戻る