【箱根駅伝 名ランナー列伝】神野大地 青山学院大学初優勝&2連覇をもたらした3代目「山の神」の鮮烈な記録と記憶 (2ページ目)
【苦しかった最終学年を経て快走、再び】
翌年度はキャプテンとしてチームを引っ張った神野だが、思うように調子が上がらない。2月に左脚大腿骨を疲労骨折、6月には右脛の疲労骨折が判明。夏から順調にトレーニングを消化するも、アンカーに起用された全日本大学駅伝で失速する。8区19.7kmを59分45秒の区間8位。1年前と比べてちょうど1分悪かった。さらに左脛を痛めて、完全に痛みがなくなったのは12月20日頃だったという。
それでも最後の箱根駅伝で、「山の神」が意地を見せる。連覇を目指す青学大は1区の久保田が飛び出すと、その後は首位を独走。5区の神野にフレッシュグリーンのタスキが届く。2位の東洋大とは2分28秒差があった。
「前回は駅伝の一番おもしろい部分を感じることができたんですけど、今回は7kmぐらいからずっと苦しかったんです。でも、ゴールには(同級生の)久保田(和真)や小椋(裕介)たちが待っている。彼らの笑顔だけを思い描きながら、あきらめずに最後まで走りました」
原監督が神野に与えたミッションは「1時間20分切り」だった。序盤から攻め込んだ神野は、顔を歪めながらも着々と歩を進めていく。
17km付近では腹痛に襲われ、山頂付近では強風にカラダを揺さぶられた。ようやく表情が緩んだのは、20kmの給水地点だ。チームメイトからドリンクを受け取ったときに、初めて笑顔を見せると、左手で小さくガッツポーズをつくった。神野は1時間19分17秒の区間2位で走破。2年連続の往路Vゴールに飛び込むと、チームの連覇に大きく貢献した。
「周囲から『山の神』と呼ばれるのはうれしかったんですけど、重圧もありましたね。期待に応えようという気持ちが強くて、その焦りが次のケガを生んでしまう負の連鎖でした。いま振り返ると、本当に苦しいシーズンだったと思います。その1年間の苦しみに比べれば、5区の80分ぐらいの我慢はなんともありませんでした」
神野は中京大中京高(愛知)時代からクロカン練習や上り坂ダッシュなどをやっていたが、上りを走るのは得意ではなかったという。
「本当に遅かったんです。特に坂ダッシュは嫌いで、高校時代は自分のなかで苦手意識の方が強かったですね」
そんな選手が箱根駅伝の5区で大活躍するのだから、人生はわからない。
「5区は上りが得意かどうかは、さほど関係ないかなと思っています。それよりも限界ギリギリでどれだけ攻めて、いかに我慢できるのか。僕はそれが得意だっただけだと思います」
なお3年時のタイムを現在の距離(20.8km)に換算すると「1時間08分45秒」ほど。11年前の神野大地は本当に強かった。
Profile
かみの・だいち/1993年9月13日生まれ、愛知県出身。中京大中京高(愛知)―青山学院大―コニカミノルタ―セルソース―M&Aベストパートナーズ。大学1年時にはアジアジュニア選手権10000mで銀メダルを獲得。大学駅伝では2年時からチームの主力に台頭し、三大駅伝初出場となった出雲駅伝では6区、全日本大学駅伝では2区でそれぞれ区間6位に。初の箱根駅伝では2区を任され、区間6位と好走し、チームの総合5位に貢献。3年時の箱根では5区を走り、当時の区間新記録となる1時間16分15秒の快走を見せ、チーム初の往路優勝、総合優勝の原動力となり、その名を一気に全国に轟かせた。4年時も5区区間2位の走りで、チームの2連覇に貢献した。
【箱根駅伝成績】
2014年(2年)2区6位・1時間09分44秒
2015年(3年)5区1位・1時間16分15秒 *区間新
2016年(4年)5区2位・1時間19分17秒
*区間新は当時
著者プロフィール
酒井政人 (さかい・まさと)
1977年生まれ、愛知県出身。東農大1年時に出雲駅伝5区、箱根駅伝10区出場。大学卒業後からフリーランスのスポーツライターとして活動。現在は様々なメディアに執筆している。著書に『箱根駅伝は誰のものか』『ナイキシューズ革命 〝厚底〟が世界にかけた魔法』など。
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