東京マラソン 市山翼、赤﨑暁、池田耀平、井上大仁...世界陸上代表の座を目指した日本人トップ争い、それぞれの戦略と誤算 (3ページ目)
日本歴代2位の記録を持ち、注目を集めていた池田耀平(Kao) photo by Kishimoto Tsutomu
【最初からリズムに乗りきれなかった】
昨年9月のベルリンマラソンで日本歴代2位の記録(2時間05分12秒)を出した池田も日本記録を狙いにいった。
「5km14分40秒(ペース)で行くことを決めていて、(ペースメーカーも)設定どおりにいってくれたので、ペースとしては問題なかったです。でも、自分の感覚と実際のペースが一致しなくて......。設定のタイムは余裕を持って走れるような状態に作ってきたんですけど、スタートしてからリズムに乗りきれなかったんです。前を走る選手に合わせてもなんかハマらないし、後ろで自分のリズムで行ってもうまくいかないなぁって感じがずっと続いていました」
中間地点は1時間02分09秒で、そのままいけば2時間4分台が見えていた。最初はリズムが噛み合わなかったが、25kmを過ぎると自分の走りがハマるようになった。35kmまでそのペースで行こうと決めた。
「30kmを超えて、このまま行くと赤﨑さんとの勝負かなと考えてはいました。その時に後ろから来る選手のことも考慮すべきだったんですけど、赤崎さんとの対比で自分のほうが余裕があると感じて後ろを気にせず、前を行く海外の選手についていったんです」
だが、35km手前で池田に異変が起きた。走りに余裕がなくなり、「まだ距離があるな。長いなぁ」と思ってしまった。
「その時点で厳しくなってしまいました。時計を見ても1km3分08秒ぐらいに落ちたので、もう日本記録どうこうという話ではない。あとは、どこまで粘れるかというのを考えて走っていました」
ベルリンから東京まで試行錯誤を重ねながらも練習をしっかりとすべて消化し、コンディションもよかった。しかし、結果だけが出なかった。レース後、池田は苦悩の表情を浮かべていた。
「うーん、何かを変えていかないといけない部分はあると思いますが......。従来やってきたことに対して、やらなきゃじゃなくて、余裕を持ってやれるようになることが大事かなと思いますね」
ベルリンで好タイムを出していただけに、今回、池田への注目度は非常に高かった。そうした周囲の期待が、もしかすると池田の余裕度に少しずつ影響を及ぼしていたのかもしれない。
3 / 4

