東京マラソン 市山翼、赤﨑暁、池田耀平、井上大仁...世界陸上代表の座を目指した日本人トップ争い、それぞれの戦略と誤算
青山学院大・太田蒼生の「激走→失速→途中棄権」が注目を集めた今年の東京マラソン。もうひとつの見どころは、今夏の東京2025世界陸上の代表選考が絡んだ熾烈な日本人トップ争いだった。選手たちの証言から振り返る。
日本人トップ(全体10位)でゴールした市山翼(サンベルクス) photo by Kishimoto Tsutomu
【ゴールするまで日本人トップだと気づいていなかった】
ゴール前の石畳、日本人トップ(全体10位)で駆け抜けてきたのは、市山翼(28歳、サンべルクス)だった。40km手前でそれまで先頭だった池田燿平(26歳、Kao)を抜き、日本歴代9位の2時間06分00秒でゴールした。
「池田君が見えたところで、さらに前に日本人がいると思って追いかけて走っていたので、ゴールするまで日本人トップだとは思っていなかったです」
レース後、報道陣による囲み取材を受け、ようやく日本人トップを実感したと笑みを見せたが、池田や浦野雄平(27歳、富士通)といった落ちてきた選手を拾いながら順位を上げる走りは、堅実かつ非常に粘り強かった。
市山は、中央学院大時代にはエースとして箱根駅伝を走り、卒業後は埼玉医科大学グループ、小森コーポレーションを経て、一昨年よりサンベルクスに所属。今年2月9日の全日本実業団ハーフマラソンでは日本歴代8位の1時間00分22秒で優勝し、自信が膨らんだ。
今回は、明確なレースプランはなかったが、「前半にある下りが苦手なので、そこをどれだけラクに走れるかがポイントになる」と考えていた。結果的に下りをうまく走れたことで波に乗れたという。
市山が井上大仁(32歳、三菱重工)や浦野、そして池田を抜いたシーンは仕掛けたように見えたが、市山自身は「自分からそこで仕掛けた感覚はないです。前にいた外国人集団に離されないようにと意識し、粘りきって走って、気づいたら先頭だった」という。
今回のレースは、東京2025世界陸上の代表選考会を兼ねる最後のレースになり、日本記録を更新すれば即内定となったが、そこには及ばず。参加標準記録(2時間06分30秒)はクリアしたものの、吉田祐也(27歳、GMOアスリーツ)が福岡国際マラソンで出したタイム(2時間05分16秒)が最高位のままだ。
「実業団ハーフで優勝させていただいて、そこからの勢いを今回しっかりつなげられたのは自分の力がついてきたんだと思います。自分の目標は、競技者や市民ランナーの目標や憧れになることです。(目標の)タイムを切るとかよりも熱いレースをしたいなと思っているので、今回はそれができたのかなと。記録よりも記憶に残るランナーになり、歴代のすごいランナーのなかに顔を出せたらいいなと思っています」
ふだんはスーパーマーケットで週4日ほど勤務しており、ニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝)で上位に入るようなトップクラスのチームとは練習環境がかなり異なる。たとえ世界陸上の代表に選ばれなくても、多くの選手に勇気と希望を与えたに違いない。
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著者プロフィール
佐藤 俊 (さとう・しゅん)
1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て1993年にフリーランスに転向。現在は陸上(駅伝)、サッカー、卓球などさまざまなスポーツや、伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「箱根0区を駆ける者たち」(幻冬舎)、「箱根奪取」(集英社)など著書多数。近著に「箱根5区」(徳間書店)。