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箱根駅伝2025 3強崩しを狙う創価大・榎木監督 指導の原点は4年連続区間賞を獲得した中央大時代にあり (4ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun
  • 辻晋太朗●撮影 photo by Tsuji Shintaro

4年連続区間賞達成】

 当日の4区は風速8mの強烈な向い風が吹き、選手を苦しめた。だが、榎木の前にはその風を遮ってくれる壁があった。4年連続の区間賞がかかっていたので、テレビの中継車が前についてくれていたのだ。

「中継車が風よけになってくれていたので、まずは前を行く3位の早大と4位の大東文化大に追いつこうと捨て身で攻めました。もういけるところまでいって、あとはなるようになるって感じです。16㎞過ぎに追いついたのですが、最後、足が残っていなかったので振り切られてしまって......。ただ、調子はもうひとつでしたが、攻めた結果、なんとか区間賞が取れたという感じでした」

 チームは連覇を達成できず4位に終わったが、榎木は、史上7人目となる4年連続の区間賞の偉業を達成した。

「優勝はできなかったですが、すごく周囲に支えられたことを実感した箱根でした。特に、松田には感謝しかなかったです。3年の時、一番成長した時期に練習を一緒に引っ張って、夏合宿も声をかけ合ってチームのために頑張ってきました。自分が4年になって調子が上がらない時もすごく気遣いをしてくれて、常に寄り添ってくれた。出雲で私がメンバーに入れないなか、松田がアンカーで出て早大にラスト勝負で負けたんです。その時は、松田だけにまかせてしまったと大きな責任を感じました。箱根は、松田が最後まで励ましてくれた、その気持ちに応えたいと思って走りました」

 榎木は4年間で総合優勝1回、区間賞4回という結果を残した。この経験は現在の指導者としてのあり方にどのような影響を与えたのだろうか。

「当時の中大は週23回程度しか指導者が来られなかったので、学生主体で普段の練習を回していました。自分たちが動かなければ何も動かない。ラクをしようと思えばいくらでもラクできる環境だったのですが、自分で目標を考え、自分を律して競技に取り組んでいました。その経験を生かして今、学生に『どういう走りをしたいのか、どういう選手になりたいのか、常に考えて日常の生活を過ごし、練習に取り組まないと目標は達成できない』と伝えています。箱根の経験というよりも中大で過ごせた経験が今もすごく生きています」

(つづく)

後編を読む>>箱根駅伝2025 打倒3強に燃える創価大学・榎木監督「ダークホースという評価はもういらない」

■Profile

榎木和貴/えのきかずたか
1974年67日生まれ。宮崎県立小林高校では全国高校駅伝で区間賞を獲得。中央大学では箱根駅伝で4年連続区間賞に輝き、3年時にはチーム14回目の総合優勝に貢献した。卒業後は旭化成に入社し、2000年別府大分毎日マラソンで優勝。2004年に沖電気陸上競技部コーチに就任。その後、トヨタ紡織陸上競技部コーチ、監督を経て、2019年に創価大学陸上競技部駅伝部の監督に就任すると、1年目の箱根でチーム史上初のシード権獲得、2年目で往路優勝、総合2位に導いた。

著者プロフィール

  • 佐藤俊

    佐藤俊 (さとう・しゅん)

    1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て1993年にフリーランスに転向。現在は陸上(駅伝)、サッカー、卓球などさまざまなスポーツや、伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「箱根0区を駆ける者たち」(幻冬舎)、「箱根奪取」(集英社)、「箱根5区」(徳間書店)など著書多数。近著に「箱根2区」(徳間書店)。

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