【箱根駅伝 名ランナー列伝】三代直樹(順天堂大) 花の2区で「渡辺康幸」超えを果たし、チームを10年ぶりの総合優勝へ
3年連続で任された2区で歴史に残る快走を見せた順大・三代直樹(写真は3年時) photo by 日刊スポーツ/アフロ
箱根路を沸かせた韋駄天たちの足跡
連載14:三代直樹(順天堂大/1996〜99年)
いまや正月の風物詩とも言える国民的行事となった東京箱根間往復大学駅伝競走(通称・箱根駅伝)。往路107.5km、復路109.6kmの総距離 217.1kmを各校10人のランナーがつなぐ襷リレーは、走者の数だけさまざまなドラマを生み出す。
すでに100回を超える歴史のなか、時代を超えて生き続けるランナーたちに焦点を当てる今連載。第14回は、20年間塗り替えられることのなかった2区の日本人最高記録を打ち立て、チームの総合優勝に貢献した順天堂大・三代直樹を紹介する。
【2年時から始まったエース区間への挑戦史】
歴代のエースたちが過去のヒーローに挑む舞台が箱根駅伝の"花の2区"だ。全10区間で最長の23.1km。第59回大会(1983年)から現在まで同じコースで争われている。そのなかでファンの度肝を抜く爆走を見せたのが第75回大会(1999年)の順大・三代直樹だろう。
学生時代に"無敵状態"だった早大・渡辺康幸が保持していた区間記録を2秒更新する1時間06分46秒をマーク。特に残り3kmの走りは神がかっていた。そしてエースの大活躍で波に乗った順大は、10年ぶりの総合優勝に輝いている。
三代は松江商高3年時にインターハイ5000mで5位、国体少年A5000mで優勝。順大のスーパールーキーは箱根駅伝(1996年)で1区を任されて、区間3位と好走した。
2年時からはトラックで大活躍する。世界ジュニア選手権(現U20)10000mで7位入賞を果たすと、日本インカレは5000mと10000mで2位に入った。箱根駅伝は2区で区間8位(1時間13分23秒)だった。この年は強風が吹き荒れ、三代は初めての2区をこう振り返っている。
「向かい風を避けるため縦一列に並んで走ったほど大変でした。二度と走りたくないと思いましたね」
3年時はユニバーシアード(5000m4位、10000m7位)に出場。日本インカレは2年連続して5000mと10000mで2位に入った。出雲駅伝は6区で区間賞を獲得して、全日本大学駅伝は8区で区間2位。箱根駅伝は2区で区間3位(1時間08分18秒)だった。
「この年は5kmを14分21~22秒で通過して、後半失速しています。次にチャレンジするときは同じぐらいのタイムでも楽に通過して、後半さらにペースアップできるような走りをしたいと思いました」
4年時は日本インカレの5000mと10000mで2冠を獲得して、出雲駅伝6区で2年連続の区間賞に輝いた。学生長距離界のエースという存在になったが、全日本大学駅伝は8区で区間4位。チームは8位と振るわなかった。
最後の箱根駅伝に向けて、三代は当初、2区で「1時間07分20秒」を目標にしていたという。「2区はスピードとスタミナの両方が必要です。スピード面はある程度備わっていたので、距離を重視してトレーニングを行ないました」と、11月中旬の大島合宿では46km走を実施するなど、徹底的に走り込んだ。
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著者プロフィール
酒井政人 (さかい・まさと)
1977年生まれ、愛知県出身。東農大1年時に出雲駅伝5区、箱根駅伝10区出場。大学卒業後からフリーランスのスポーツライターとして活動。現在は様々なメディアに執筆している。著書に『箱根駅伝は誰のものか』『ナイキシューズ革命 〝厚底〟が世界にかけた魔法』など。

