「心も体もズタズタになっていた」福島千里を現役終盤に指導したコーチが明かす、故障後の姿 (3ページ目)

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • 能登 直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

「彼女の場合は名前も実績もあるから、いろいろな活動ができると思います。それでどうするかと聞くと、地味に毎日コツコツやるほうがいいと言うので、『それならコーチが一番地味だよ』と話して(笑)。トップ選手は他人にはまったく興味がなくて、人の走りは全然見てないことが多いので『どうなるかな』と思って見ていたけど、コーチをやるとなったら、もう自分のことにまったく興味がなくなって人のことばかり話すのですごいなと思いました。やっぱり一流選手だったからこそ変換できるというか、朝から晩までグランドに出ていて。それが勉強だと思っているし、いろんな気づきもすべてメモをとっています。

 まだ謙虚で自分のやったことがない種目に関しては『いや、ちょっと』と言うけど、選手を見る目はメチャクチャありますね。どこが悪い、どこがいいというのに気がついても『こうしたほうがいいんじゃないですか?』という彼女独特の言い方をするけど、この2年間一緒にやってきた練習についても『この前はこう言っていたけど、今はこうですね。何が違うんですか』と言ってくるくらいに全部おぼえているので、陸上脳はすごいですね。まだそれをアウトプットするのが苦手だし、本人も言葉にすることに慎重になっているけど、きちんとアウトプットして伝えることができるようになれば、かなりすごいと思います」

陸上部のアシスタントコーチとして学生を指導する福島(左)陸上部のアシスタントコーチとして学生を指導する福島(左)この記事に関連する写真を見る 山崎コーチは、もう「男子だから」「女子だから」といっている時代ではなく、アスリートという枠組みでジェンダーレスにしたほうがいいと考えている。そのなかでも福島の場合は、五輪出場や世界選手権で準決勝まで行けたという、日本人では数少ない実績も持っているだけにそれを大事にしたいという。

「自分で考えてやるという面では男女差はないと思うが、現実的に『彼女が言ったほうがいいかな』という状況もあるし、指導者としては女性であるという強みや可能性もあると思います。今までのナショナルチームの女性指導者には、世界で戦った経験のある人がいなかったけど、彼女の場合はそれを持っているので、インターナショナルになればすごく力を発揮できるとも思うし。

 今はボランティアでアシスタントコーチをしてコーチ学を学んでいるけど、大学院の研究として本当の社会貢献となるのは、自分のやってきたことをまとめることかなと思います。日本でも今まで短距離で強い選手はいたけど、何年も何年もトップでやってきた女子スプリンターは今までひとりもいない。それこそ100年にひとりというか、日本陸上史が始まって以来の存在。客観的なデータを出しながら、ウソ偽りのないバイアスがかかっていない形で自分のやってきたことをまとめていくことが必要かなと思うし、それができる人だと思います」

Profile
福島千里(ふくしま・ちさと)
1988年6月27日生まれ。北海道出身。女子100m(11秒21)、200m(22秒88)、4×100mリレー(43秒39)の日本記録保持者。オリンピックに3度出場(2008年北京大会、12年ロンドン大会、16年リオ大会)。日本選手権の100mで10年から16年で7連覇を成し遂げ、11年の世界陸上では日本女子史上初となる準決勝進出を果たした。22年1月に現役生活を引退。現在は順天堂大学大学院でコーチングを学んでいる。
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山崎一彦(やまざき・かずひこ)
1971年5月10日生まれ。埼玉県出身。順天堂大学スポーツ健康科学部教授、陸上競技部副部長、短距離ハードルコーチ。日本陸上競技連盟強化委員長。男子400mハードルの第一人者で元日本記録保持者。オリンピックに3度出場(92年バルセロナ大会、96年アトランタ大会、2000年シドニー大会)。95年の世界選手権で日本人初の7位入賞を果たす。
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