『陸王』が掘り起こす「幻のハリマヤシューズ」もうひとつの職人物語 (6ページ目)
誠一が編集長に語った、ハリマヤが倒産に至るまでの苦境や親族間の相克について、ここに詳細は記さない。ただ、自分は経営者としては成功できなかったが、それでもハリマヤを救うために必死で頭を下げて奔走したこと、そしてハリマヤをなくしてしまったことを心から残念に感じていることはひしひしと伝わってきた。
財産も家もすべて失い、今は公営の賃貸に暮らすという誠一は、しみじみとこう語る。
「私は新しいシューズのアイデアを出したり、職人たちと一緒に創意工夫をしたり、ものをつくるのが何よりも好きでした。本当は経営じゃなくて、そっちをずっとやっていたかった......」
黒坂辛作に始まり、與田勝蔵、そして誠一と受け継がれたものづくりの遺伝子は、わずか140gの世界最軽量マラソンシューズなど、画期的な製品を世に送り出した。
別れ際に、誠一は編集長にこんなことを言った。
「ハリマヤ製品には、長らく父・勝蔵がデザインしたロゴが、シューズのタンの部分やソールの裏底につけられていました。そこには祖父・黒坂辛作に負けまいと家業に励んだ父の自負心が込められているのです」
ひらがなで與田の「よ」を模したそのロゴは、それが「與田勝蔵がつくったシューズ」であることを静かに物語っていた。
(敬称略)
ハリマヤで使われたロゴ。マークが「よ」に見える(写真提供・オリンピアサンワーズ)
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