駅伝2冠を逃した東海大の「最強世代」。どこに誤算があったのか? (6ページ目)

  • 佐藤 俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Kyodo News

 館澤は区間賞でチームを2位に押し上げたのである。

「区間賞は最低限ですね。昨年走っているからこそ、今回は区間新を出して、チームのために貢献したかった。でも、後半に先輩たちがいるので1位にならなくてもいい、4区に關がいるから2位で大丈夫、何とかしてくれるって甘えてしまった。

 その時、1位じゃなきゃダメだって気持ちで走っていたら、もっといい状況で關に渡せたと思うんです。そういう甘えをなくしていかないと東海大のエースにはなれないですし、黄金世代と言われているからこそ、もっとしっかりと仕事をしないといけないですね」

 途中区間、監督が乗るバスから選手に声掛けをする地点に下りた両角監督は「館澤がいい走りをしてくれた」と満足そうだった。

 トップの東洋大との差は31 秒、東海大は2位に浮上した。次はエースの關が走る。この区間で一気に他大学を突き離すもくろみだったのだが......。

 4区、關颯人が勢いよく飛び出していった。昨年の全日本駅伝、關は直前に体調を崩し、出走できなかった。そのために今年は予選会を走り、自らの力で本大会への出場を決めた。

 出雲ではアンカーを務め、「おいしい」役割を果たした。この全日本でも關は、両角監督が考えたレースプランにおいてもっとも重要な役割を果たすことになっている。關もそのことは十分に自覚していた。

 序盤は慎重だった。

 強い向かい風の影響もあるのだろうか、なかなかペースが上がらない。「關は風の影響を比較的受けやすい」という両角監督の言葉が思い出される。3km付近では館澤が31秒に詰めた差を逆に37秒に広げられた。東洋大のエースである山本修二(3年)がトップを快走していたのである。

「最初、抑えていました。登りがあったので、下ってからいこうかなって思ったんですが、結果いききれていなくて、伸びなかった」

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