パリパラリンピックの出場権を獲得した車いすラグビー日本代表 退任のオアーHCが遺したもの (3ページ目)
長年、エースとしてチームをけん引する池崎は、「誰よりも優しく、選手想い。自分のことを理解してくれた。ケビンがここまで成長させてくれた」。チーム最年少の21歳で、高校生の時にオアーHCに見出された橋本は、「まだ戦力にはならないのに、2018年の世界選手権のメンバーに選んでもらい、僕のラグビーに向かう姿勢が変わった。ケビンの選択は自分にとって大きなものがあり、すごく感謝している」。ミドルポインターとして攻守で活躍した中町は、「ケビンと初めて面談をしたときに、自分より点数が高いハイポインターに対しても負けるなと言われて、自分のなかのラグビーに対する価値観が変わった。自分が走ることで味方の助けになることもあるんだと、学ばせてもらった」
日本代表初の女子選手である倉橋香衣(0.5F)は、「ルールや戦術、ラグビーのすべてを教えてもらった。男女や障害、経験値は関係ない、そして『ラグビーを楽しめ!』と言い続けてくれた。よりプレーが楽しくなった」。土屋裕志通訳は、「ケビンは合宿や大会の際には必ずスタッフに『今回もすべての準備からハードワークまでありがとう』と声をかけてくれる。彼が言う「家族」の一員であることを実感し、より一丸となることができた」
オアーHCの教えは日本チームの心と身体にしっかりと刻まれ、"オアーJAPANのラストマッチ"で体現された。それが、新HCの岸光太郎氏のもとで、どのような進化を見せるのか。開幕まで1年余りに迫ったパリパラリンピックまで見守っていきたい。
3 / 3

