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パリパラリンピックの出場権を獲得した車いすラグビー日本代表 退任のオアーHCが遺したもの (2ページ目)

  • 荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu
  • 植原義晴●写真 photo by Uehara Yoshiharu

【リオパラ以降チームを育てたH Cが退任】

 観る者の期待と想像を超えるような、最高のゲームだった。試合後、池は「まったく怖くなかった。選手を信じ、これまでにないくらいメンバーチェンジをしたケビン(・オアーHC)の采配に感動した」と振り返り、長いプレータイムながら最後まで献身的に動き回った乗松は、「ケビンが自分たちに教えてくれたことを、決勝で表現できた」と感極まった。

 副キャプテンの羽賀理之(2.0)は、試合前にオアーHCと選手との間にこんなやりとりがあったことを教えてくれた。

「『俺たちは世界一のチームだと思うか?』とケビンに問われ、東京パラリンピックと昨年の世界選手権の時は手が挙がらない選手もいた。でも、今日は全員がスッと手を挙げた。その言葉のとおり、世界一の試合ができたことが、パリの出場権を獲得したことと同じくらいうれしい」

 緻密な連携プレー、アグレッシブなタックル、インバウンドの成功率の高さ、相手のディフェンスをぶち抜く走力、仲間を信じて一丸となってプレーする結束力。オアーHCが2017年に就任してから6年をかけて目指してきた「日本のラグビー」が、12人全員の成長によって花開いた。そこに加わった「俺たちは強い」という確かな自信が、チームの成熟度を押し上げた。

 大会の1週間前、このAOCを最後にオアーHCの退任が発表された。生活拠点のアメリカ・アラバマ州と日本を車いすで往復することが体力的に厳しくなったとして、4月末の代表合宿の際に本人から申し出があったという。

 5月中旬のチームのオンラインミーティングで知らされた日本代表選手たちは、「夢じゃないかと思うくらいショックだった」(池)、「東京パラのあと、パリまでやるって言ったじゃんって思った」(橋本)、「心の整理ができなかった」(中町俊耶/2.0)と、受け入れるのに時間がかかったことを打ち明ける。

 池によれば、国内合宿はオンラインでアメリカから指導してもらい、大会の時だけ合流してもらうという案も出たが、「生で状況を見ないと熱量や本当に大切な部分が指導できない」という、オアーHCが大切にしているものを尊重する結果になったという。

 オアーHCがこれまで指揮を執ってきたアメリカやカナダといった北米チームとは、競技への取り組み方や生活、文化も大きく異なる日本での指導は、決して簡単ではなかったであろうことは容易に想像できる。加えて、新型コロナウイルスの感染拡大による渡航制限や活動制限など、大きなストレスがかかる時期も経験した。そんななかでも、オアーHCは時に厳しく、時に優しく、選手一人ひとりと向き合い、個性を引き出し、そして豊富なラインナップに代表されるように日本ならではの戦術を作り上げてきた。

 選手やスタッフは、オアーHCへの想いをそれぞれこのように語っている。

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