車いすバスケの日本のエース香西宏昭。世界選手権で「東京パラリンピックの銀メダルがまぐれじゃなかったことを証明したい」

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by 森田直樹/アフロスポーツ

【東京パラリンピックを前にメンタルトレーニング】

 香西は、そうした世界で日常を送り、東京パラリンピックを目指した。

 リオパラリンピックでの悔しさを晴らすべく、5年間、香西の恩師で日本代表のヘッドコーチの及川は前線からのプレスディフェンスを完成させ、素早いトランジションのバスケットボールを浸透させた。香西は、個人的には感情のエネルギーを正しく使えるようにするべく、メンタル強化をしてきた。

「リオは何も足りていなかった。特にメンタルの部分ですよね。大会中もイライラして、それをコントロールしようとしてプレーや試合に集中できなくなってしまった。なりたい自分の真逆にいっていたんです」

 自分に必要なものは、何事にも動じないメンタル、いわゆる「不動心」と考え、メンタルトレーナーに伝えた。それから練習でこういうプレーがあったからイライラしたとか、感情と行動をセットにしてメモをとった。感情を言語化し、自分を客観視するトレーニングを3年間続けた。

「メンタルトレーナーからは『よく続けたね』と言われました。それは、リオパラのような、あんな経験を2度としたくないと思ったから続けられたんだと思います。同時にメダル獲得ってどういうことなんだろうと模索し続けた5年間でもありました」

 東京パラリンピックは、強豪を自分たちの戦術に巻き込んで勝ち進んでいった。決勝でアメリカに敗れたが見事、銀メダルを獲得、日本の車いすバスケットボール史上、初の快挙だった。 

【東京パラリンピック後の目標】

 大会後、香西はドイツに戻り、ブンデスリーガでプレーを続けた。

 5月には(ドイツ)ブンデスリーガのプレーオフがあり、欧州選手権と続く。11月にはドバイで世界選手権が開催され、その先にはパリパラリンピックが待っている。

「世界選手権ではメダルを獲得して、東京パラリンピックの銀メダルがまぐれじゃなかったことを証明したいですね。その後、パリパラリンピックもありますが、そこまで見ることはできていません。もちろんパリには行きたいですけど、年齢も上になってきたので、まず1年ずつ、ですね」

 リオパラから東京パラまでの5年間、学んだことは「日々の積み重ねがいかに大事か」ということだった。それがパラリンピックの大舞台で51.9パーセントと世界トップの3ポイントシュート成功率を叩き出したひとつの要因でもあると考えている。

 だから、2024年パリパラリンピックまでにやることは変わらない。

 3年間、それを続けた先に東京パラリンピック決勝でアメリカに4点差で負けた悔しさを晴らすチャンスがやってくるはずだ。

FMヨコハマ『日立システムズエンジニアリングサービス LANDMARK SPORTS HEROES

毎週日曜日 15:30〜16:00

スポーツジャーナリスト・佐藤俊とモリタニブンペイが、毎回、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。
強みは機動力と取材力。長年、野球、サッカー、バスケットボール、陸上、水泳、卓球など幅広く取材を続けてきた二人のノウハウと人脈を生かし、スポーツの本質に迫ります。
ケガや挫折、さまざまな苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿を通じて、リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けします。

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