秋山里奈「水泳仲間の小学生たちのおかげで金メダルが獲れた」 (2ページ目)
伊藤 実際ロンドンパラで金メダルを獲ったあの決勝レースでも、ぶつかってるんですよね。
秋山 魔の75メートルで(笑)。いつもはそこで「ああ、もう駄目だ」って思うんですけど、あのときは力がみなぎって、「もう二度とぶつからない」って思って。そこからひたすら「金メダル、金メダル、金メダル、金メダル」って思いながら最後タッチしたんです。それほど金メダルが欲しかったんだなって、今はちょっと笑えます(笑)
伊藤 そういうふうに思えたレースはそれが初めてですか?
秋山 初めてですね。あれが最初で最後だと思います。
伊藤 8年越しの金メダル(※)本当に欲しかったんですね。ところで、秋山さんが水泳を始めたきっかけは?
※2004年アテネパラにて背泳ぎで銀メダルを獲得し、次の2008年の北京パラでは金メダルを狙っていたが、秋山さんの背泳ぎS11クラスが廃止され悔しさが残った。2012年ロンドンパラでそのクラスが復活し、8年越しの金メダル獲得を果たした。
秋山 姉が水泳を習い始めたのをきっかけに、私も地元・伊勢原市(神奈川県)のスイミングクラブに入りました。
伊藤 そのスイミングクラブに私もお邪魔したことがあるんですけど、一般の子どもたちと秋山さんの間には何の垣根も感じませんでした。
秋山 そうなんですよ。彼らはどうやら友達だと思ってくれていて、遠慮なくいろいろ言ってきますし、逆にそれがすごく私は心地良かったから、ずっとそのスイミングクラブにいました。
伊藤 じゃあ、普通の同年代の大人だけのスイミングクラブだったら金メダルはなかったと思いますか?
秋山 そうですね。話は同年代のほうが合うのかもしれないですけど、子どもから受ける刺激のほうがすごく大きくて。苦しい練習でも、子どもたちと今日何しゃべろうかなとか、何して遊ぼうかなとか、そういうことを考えて足を運んでいたので。本当に私は今、伊勢原のスイミングで育ててもらって良かったと思っています。
伊藤 子どもたちから受ける刺激とは?
秋山 大人になるにつれて、無我夢中で頑張るっていうことを忘れていたんです。でも、子どもたちがコーチに怒られて泣きながら歯を食いしばって頑張る姿とかを見ると、最近泣くほど頑張ったかなってハッとさせられることがありました。本当に普通の小学生から学ぶことが多いです。
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