藤澤五月が「悔しさを忘れないように...」初めてきちんと見た五輪のカーリング
連載『藤澤五月のスキップライフ』
15投目:テレビで観戦したソチ五輪
ロコ・ソラーレ藤澤五月の半生、"思考"に迫る連載『スキップライフ』。今回は、惜しくも出場を果たせなかった2014年ソチ五輪を、テレビ観戦した際の想いについて語る――。
ソチ五輪に出場した北海道銀行フォルティウス photo by Takeda Soichiroこの記事に関連する写真を見る【悔しさを受け止めるため、テレビ観戦したソチ五輪】
2013年12月、男子はSC軽井沢クラブ、女子は北海道銀行フォルティウス(当時)が日本代表として、ドイツのフッセンで行なわれたソチ五輪の世界最終予選に出場しました。
SC軽井沢クラブは、(長岡)はと美さんが立ち上げからコーチをしているチーム。つまり、私にとっては兄貴分のようなチームで、山口(剛史)さん、モロさん(両角友佑/現TM軽井沢)、てっちゃん(清水徹郎/現コンサドーレ)といったメンバーが揃っていました。その時点で日本選手権を何度も優勝していて、国内では圧倒的な強さを誇っていたチームなのに、それでも五輪切符を手にすることはできませんでした。やはり五輪は簡単な場所ではない、ということをあらためて感じました。
ソチ五輪本戦は、テレビで観戦しました。実はこのソチ大会が、私が初めてちゃんとカーリングを見た五輪でもあります。
その前の2010年バンクーバー五輪の国内選考の時は、私はまだ高校生で、ジュニアでの活動をメインにしていたため、今のように日本選手権につながる一般の予選会との両方には日程的に出場できませんでした。
日本選手権に出られなかったことで、オリンピックトライアルへの出場資格もなく、それでも世界ジュニア選手権で結果を出すことができれば五輪へのチャンスももらえるかなと、当時は自分勝手に考えていたのですが、世界ジュニア選手権では結局、イブ・ミュアヘッド選手のスコットランド代表や、ケイトリン・ローズ選手のカナダ代表など、その後も競い合う世界のライバルにまったく歯が立たず、最下位という結果に終わりました。
生意気にも「オリンピックに出たかった」という気持ちだけは持っていたので、バンクーバー大会は「悔しすぎて見ることができなかった」というのが本音です。
1 / 2