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【平成の名力士列伝:琴欧洲】ブルガリアから欧州初の大関に上り詰めた「角界のベッカム」 親方として実践する伝統と新風の融合 (2ページ目)

  • 十枝慶二●取材・文 text by Toeda Keiji

【日体大で学び直して指導に生かす】

 闘志むき出しの朝青龍らとは対照的に穏やかな土俵態度だった。海を渡って異文化に戸惑いながら、真摯に相撲と向き合って稽古に励んだ、素直で繊細な青年との印象が強い。取材の際は、勝てば満面の笑みで、負ければ無言を貫く。そんな姿は、「絶対に負けたくない」という、相撲への強い思いの表れでもあった。

 同じブルガリア出身の後輩・碧山(現・岩友親方)は、大関時代の琴欧洲に誘われて入門を決めた時のことを、こう振り返る。

「『お前の目から、強い力を感じる。だから、お前はきっと強くなる』――自分の目をジッと見ながら、そう言われたんだ。今、その時のことを思い出すだけで、鳥肌が立つよ」

 引退後、日体大に編入して2年間、栄養学やコーチ学を学んだ。その裏には、入門時から抱えてきた疑問があった。ブルガリアで体育大学に通い、エリート選手として、最新のスポーツ科学をもとにトレーニングに励んでいた琴欧洲には、古くからの伝統を大切にする相撲部屋の稽古方法や日々の生活は、容易には受け入れがたいものだった。「こうすればいいのに」と思うことがいくつもあった。相撲への思いを深めながらも、うやむやにせず、心に抱き続けていた疑問を、再び大学で学び直すことで解消していったのだ。

 そこで学んだことは、鳴戸部屋を開いて師匠となった今、弟子たちの指導に生かされている。稽古場に大きなモニターを置き、撮影した稽古の様子をその場ですぐに確認できるようにする工夫を、他の部屋に先駆けて導入した。SNSでの情報発信にも積極的に取り組み、現役時代から続けるブログは、ひらがなを多用した素朴な味わいで人気を集めている。

 平成時代の名大関は、相撲の伝統を大切にしつつ、常識にとらわれず、令和時代の相撲界に新しい風を吹かせようとしている。

【Profile】琴欧洲勝紀(ことおうしゅう・かつのり)/昭和58(1983)年2月19日生まれ、ブルガリア・ヴェリコ・タルノヴォ州出身/本名:カロヤン・ステファノフ・マハリャノフ/所属:佐渡ヶ嶽部屋/しこ名履歴:琴欧州→琴欧洲/初土俵:平成14(2002)年11月場所/引退場所:平成26(2014)年3月場所/最高位:大関

著者プロフィール

  • 十枝慶二

    十枝慶二 (とえだ・けいじ)

    1966(昭和41)年生まれ、東京都出身。京都大学時代は相撲部に所属し、全国国公立大学対抗相撲大会個人戦で2連覇を果たす 。卒業後はベースボール・マガジン社に勤務し「月刊相撲」「月刊VANVAN相撲界」を編集。両誌の編集長も務め、約7年間勤務後に退社。教育関連企業での7年間の勤務を経て、フリーに。「月刊相撲」で、連載「相撲観戦がもっと楽しくなる 技の世界」、連載「アマ翔る!」(アマチュア相撲訪問記)などを執筆。著書に『だれかに話したくなる相撲のはなし』(海竜社)。

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